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野原家に赤ちゃんができた。 [感動]

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ひろし「そうだ!もうすぐしんのすけはお兄ちゃんになるんだぞ!」


しんのすけ「おおぉ!!オラ、お兄ちゃんに!!いつ!?あさって!?」


ひろし「お馬鹿。あと6ヶ月だから…12月だな」


しんのすけ「えへぇ~、オラお兄さんかぁ~。五歳にしておとなのかいだんを一歩のぼってしまうわけですなあ」


ひろし「こいつ、きいてねぇし…」

みさえ「うふふ、しんちゃんはお兄さんになるんだからもう少しいい子にならないとね」


しんのすけ「かあちゃんももうすこしおだやかにならないとね」


みさえ「なんですってぇ」

グリグリグリグリ

ひろし「あーこらこら、あまり激しく動き回るなよ、赤ちゃんになにかあったらどうするんだ」


みさえ「やーねぇあなた、これくらい平気よ」


ひろし「いや、でも万が一ってこともあるだろ」

みさえ「あなた…」

ひろし「赤ちゃんが産まれるまで、俺も出来るだけ家事を手伝うから!」

みさえ「……」コクン


ひろし「しんのすけ、お前も父ちゃんに協力してくれ!お兄ちゃんになるんだろ!」


しんのすけ「おおぉ!ブ、ラジャー!」

ひろし「よぉし!男同士のお約束だぞぉ!」



――2ヶ月後


しんのすけ「かあちゃん、かあちゃん!」


みさえ「なあに?」

しんのすけ「ふとった?」

みさえ「…っ!」


みさえ「これはねしんちゃん、お腹の中の赤ちゃんが大きくなってきてるだけよ」


しんのすけ「でもかあちゃん、最近ごはんよくおかわりするゾ」

みさえ「そ、それはね、赤ちゃんの分の栄養もママが摂ってあげなくちゃいけないからよ」

しんのすけ「ほぅほぅ…」


みさえ(確かに最近、妊娠を理由に食べ過ぎたかも。家事もあまりしてないし…。ちょっと気をつけた方がいいかしら)



――更に1ヶ月後


みさえ「ご飯できたわよー!」

ひろし「しんのすけ!ごはんだぞー」

しんのすけ「ほほ~い!」


いただきまーす!


しんのすけ「かあちゃん、ちょっと味濃いゾ」

みさえ「あら、本当?」

ひろし「う~ん、味が濃いというか妊娠を理由にした手抜きが目立つよな。今日は惣菜の唐揚げで、昨日は麻婆豆腐、一昨日は…」

みさえ「や、やだ。偶然よ。たまたまよ。今度から気をつけるから!」


しんのすけ「やれやれ、ごまかしかたがヘタですなぁ」

ひろし「他の家事はやるから、せめて晩飯くらいはしっかり作ってくれよな!」

みさえ「は~い」




この日が
三人で笑って食事をした最後の日だった。





翌日、みさえは急に腹痛を訴え病院へと向かった。
赤ちゃんに何かあったのではと思い、産婦人科に行ったのだが
どうやら原因は別にあるらしい。
別の病院を紹介されたので、しんのすけも連れ、三人でそこへ行ってみた。


診察室に入るみさえを
しんのすけとひろしはただ見送った。
検査は一時間ほどかかるらしい。

ひろしはもちろん、
ひょっとしたらしんのすけにとっても
この一時間はとてつもなく長いものだったかもしれない。



「野原さん、診察室へお入りください。」


アナウンスと共に
2人は部屋に飛び込んだ。
みさえは別の部屋で休んでるらしく、いない。

医師「どうぞ、お座りください。」

ひろし「み、みさえは!あ、赤ちゃんは!大丈夫なんですか!!」


しんのすけ「かあちゃんは食べ過ぎなだけだよね!?」



医師「落ちついてください。今ご説明します。」


医師「…奥さんは、癌です。」

ひろし「……が、がん?」

しんのすけ「がぁ~ん」



しんのすけ「…ってなに?」

医師「正確には胃癌です。まだ初期段階なので命に別状はないのですが…ちょっと問題がありまして。」


ひろし「と、いうと」


医師「はい、奥さんは今妊娠されていますね。」
ひろし「え、えぇ。」


医師「初期段階の胃癌でしたら、手術することなく抗がん剤で治療することができます。」


医師「しかし、今抗がん剤を使用すれば母体だけでなく、お腹の中の赤ちゃんにまで負担を与えてしまいます。」



医師「この場合、ギリギリまで赤ちゃんの成長を待って、出産と治療を手術で同時に行うことになります。」


ひろし「な、ならみさえと赤ちゃんは助かるんですか!」


医師「……………」


ひろし「先生!!」


医師「正直、五分五分です。赤ちゃんが成長しきるまで、奥さんの体力が保つかどうか。保ったとして、手術に耐えられるかどうか…」


ひろし「そんな…」

この日から
みさえは入院することになった。

ストレスからくる体力の衰えを避けるべく
癌のことは言わないことにした。


みさえには
食べ過ぎと運動不足からくる胃炎…と言い赤ちゃんに問題はないことも伝えた。


ひろし「……」


しんのすけ「とうちゃん…かあちゃんはどうなるの?」


ひろし「きっと…大丈夫さ。赤ちゃんも…。」

しんのすけ「かあちゃん…」

しんのすけはめずらしく落ち込んでいるようだった。

無理もない、母親の妊娠、出産なんて初めての体験だ。

そんな時にその母親が倒れたんだ、不安で仕方ないだろう。



しんのすけ「とうちゃん、かあちゃん…死んじゃうの?」


!!


ひろし「おバカ!かあちゃんが死ぬ訳ないだろ!!」

しんのすけ「オラ…かあちゃんが死んだらどうすればいいんだ。」

ひろし「しんのすけ…」



しんのすけ「ごはんは誰が作るの?アクション仮面おパンツは誰が洗うの?オラ…とうちゃんの作ったごはんなんて食べられないゾ」

ひろし「……おバカ」

ひろしにはわかっていた。後ろを向いたまま震えているのが…

きっと
しんのすけなりの強がりだったのだろう。

やはり心配で仕方ないのだ。


しんのすけ「オラ、早くかあちゃんのごはんが食べたいゾ…」



――1週間後。


ひろし「みさえー、来たぞー」

しんのすけ「かあちゃん、来てやったゾ!」


みさえ「あら、2人共。ちょうど良かったわ。今、お義父さんとお義母さんが来るって連絡があったのよ。」

ひろし「え?オヤジとおふくろが?」

しんのすけ「じいちゃん!?」



みさえ「えぇ、なんでも私の代わりに家に居てくれるって。一応大丈夫って言ったんだけど…」


ひろし「きっと、しんのすけに会いたいだけだろうさ。ほれ、これ着替え。」


しんのすけ「そうだ!ほい、オラも」

そう言い、しんのすけはチョコビを手渡した。

みさえ「しんちゃん…」


しんのすけ「これさえあれば、病気なんてすぐ治るゾ」

みさえ「やーねぇ、そんな大袈裟な病気じゃないのに…」



ひろし「………」

みさえ「ねぇ、あなた」

ひろし「…え!?あ、ああそうだな。」

みさえ「どうかしたの?」


ひろし「いや、なんでもないよ。じゃあ、俺2人を迎えに行ってくるよ。しんのすけ!行くぞ」


しんのすけ「仕方ないですなあ」

みさえ「あ、ちょっと…」



バタン



しんのすけ「……とうちゃん」

ひろし「なんだ?」

しんのすけ「ごめんだゾ」

ひろし「気にするな。」



ひろし「ほら、じいちゃんとこ行くぞ。」


ひろし(自分の子どもに気を使わせるなんて、ダメな父親だな…おれ)


――春日部駅


しんのすけ「じいちゃん、ばあちゃん!」

銀の助「おぉ~しんのすけ~!元気にしとったかあ?」

しんのすけ「もちろんだゾ。オラのゾウさんもお元気してるゾ!」


銀の助「そうかそうか」


つる「しんちゃん、久しぶりね」

しんのすけ「ばあちゃん、お久しぶりぶり~」


つる「あっはっはっ、いつでもしんちゃんはしんちゃんなんだね~」


ひろし「オヤジ、おふくろ!」


銀の助「おおーひろし!」


ひろし「おおーじゃねぇ!あまりはしゃぐなよ。旅行に来たわけじゃないんだからさ…」


つる「いいや、こいつは旅行気分でここに来てる」


銀の助「もう、ばあさんたら////」


ひろし「まあいい、とりあえず荷物置きに家に行くか。」


――野原家


マサオ「しーんちゃん!」


しんのすけ「おお、マサオくん!それにみんなも!」

ネネ「これからみんなで公園に行かない?」


しんのすけ「おお!いいですなあ~」


しんのすけ「とーちゃーん!オラ公園に行ってくるゾー」


ひろし「おう!気をつけて行ってこい!」


しんのすけ「ほっほ~い」



…………



――野原家


マサオ「しーんちゃん!」


しんのすけ「おお、マサオくん!それにみんなも!」

ネネ「これからみんなで公園に行かない?」


しんのすけ「おお!いいですなあ~」


しんのすけ「とーちゃーん!オラ公園に行ってくるゾー」


ひろし「おう!気をつけて行ってこい!」


しんのすけ「ほっほ~い」




…………



銀の助「さてと…」


つる「ひろし…」


ひろし「…ああ」


銀の助「お前、これからどうするつもりじゃ?」


つる「みさえさんには、本当のことは言ったの?」



ひろし「言ってない。余計な心配させたら、あいつの体と赤ちゃんに負担がかかるから。」


銀の助「しんのすけには?」

ひろし「詳しくは話してない。けど…」

つる「けど?」

ひろし「しんのすけは多分わかってる。みさえの病気のこと、赤ちゃんのこと、…俺の気持ち、全部。」


銀の助「そうか…、いつも変わらんように見えたが、知っとるのか…。」
ひろし「ああ」

銀の助「…しんのすけは、強い子じゃのぉ」

ひろし「…ああ!」


ひろし「自慢の…息子だよ!」


つる「あんたもしっかりしな!家のことは私がやるから、あんたしっかり働いて、しんのすけとみさえさんを守るんだよ!」

ひろし「ああ、わかってる」


ひろし「…まだ決まったわけじゃない。きっと助かるさ。そして、家族4人で暮らすんだ。」


銀の助「そうじゃ。きっと大丈夫じゃ。」



ひろし「…よし!みさえのとこに行くか!!」


――みさえの病室


ひろし「みさえー、オヤジ達連れてきたぞー」


みさえ「あらお義父さん、お義母さんお久しぶりですー。」

銀の助「みさえさん、ハロー!」

つる「どうも~」


銀の助「うん、案外元気そうじゃな。」



みさえ「ええ、体調はもう大丈夫なんですが、なんでも食べ過ぎからくる胃炎らしくて」

つる「あらあら、みさえさんらしいわね」


あはははは!


笑う両親と妻
いつもの光景

でも、もしかしたら
もうすぐ見られなくなる光景かもしれない。

そう思うと
なにもかもを目に焼き付けておきたくなる。

いや、
こんなことを考えるのはやめよう…

みさえは元気になり
赤ちゃんも元気に産まれてくる!

大丈夫だ。
俺が…しっかりするんだ。

みさえ「あなた?」


ひろし「え?」


みさえ「え?じゃないわよ、もう。」

ひろし「ああ悪い、で~何だ?」


みさえ「だから~――」



その後、どうでもいい話を少ししたあと

ひろし達三人は家へと戻った。

家についてすぐ
しんのすけも公園から帰ってきた。



しんのすけ「おかえり~!」

ひろし「ただいまだろ。」


しんのすけ「そうともゆう~」

つる「しんちゃん、おやつあるわよ。手を洗ってらっしゃい」

しんのすけ「おお!おつや~おつや~」


――みさえがいないだけで、他はいつもと変わらない風景だった。



銀の助「しんのすけ~、一緒に風呂に入ろう。」

しんのすけ「おお!お背中お流ししますわよ~ん」


銀の助「ひろし~、タオルはどこじゃ~?」



――俺だけ…
いつまでくよくよしてるんだ。


つる「しんちゃん、一緒に寝ようか。」

銀の助「しんのすけ!オラと一緒に寝よう!」


つる「……」

銀の助「……」


つる、銀の助「しんのすけ!?」



――明日は会社だ。
もう寝よう…



…………


夜中、ふと目が覚める。
いつも隣から聞こえてくるいびきが聞こえない。
ひろし「……」


明日は早い、早く寝よう。


ひろし「………」



………ぅぅ


ひろし(ん?)



…うぅ…ぐすん…


ひろし(しん…のすけ?)

銀の助とつるの間で
しんのすけは布団にうずくまっていた。


ひろし(泣いてるのか…)


……うぅ、う…

しんのすけ「かあちゃん…」


ひろし(しんのすけ…)



つられて泣きそうになった。

ひろし「……ぅぅ」


ごめんな、しんのすけ。不甲斐ない父ちゃんで…
泣き虫な父ちゃんで…


情けないなぁ


5歳の子どもが
こんなに頑張ってるのに…


銀の助(しんのすけ…)

つる(しんちゃん…)


ひろし(父ちゃん、頑張るからな!!)


しんのすけ「……ぅぅ」


―――

それからの生活は
意外に穏やかなものだった。

みさえの体調は崩れることもなく、医師はこのまま行けば母子共に問題はないだろうとのことだ。

お腹も膨らんできて
赤ちゃんもしっかり大きくなっているようだった。




しんのすけ「かあちゃん!!」

みさえ「あら、あなた。しんちゃん。」


仕事が終わると
しんのすけを連れ
病院に行く。

ここ数ヶ月の日課だ。


しんのすけ「赤ちゃんはお元気ー?」


みさえ「ええ、元気よ。ほら、触ってごらん。」

しんのすけ「おお!今動いたゾ!?」

みさえ「うふふ」



病気には見えないくらい元気なみさえは、安心感を与えてくれた。




このまま何事もなく

赤ちゃんは大きくなり
みさえも元気になる。


心のそこからそう思えた。


そう、信じていた。



出産予定日まで
あと2ヶ月となったある日のことだった。


その日もいつもと変わらず、仕事終わりにみさえの所へ来ていた。


みさえ「あらあなた、お疲れ様。」

ひろし「おう。」



みさえ「あれ?今日しんちゃんは?」

ひろし「ああ、オヤジ達と飯食いに言ってるよ。」

みさえ「そう。あなたも行けばよかったのに。」


ひろし「いや、今日はそういう気分じゃなかったんだ。それに、たまには2人で居たかったし…」

みさえ「あなた…」


ひろし「ほら!今日はケーキ買ってきたんだ。オヤジ達だけウマいもの食うなんて、ずるいからな。一緒に食おうぜ。」



白い箱の中には
いちごのショートケーキが2つ。


みさえ「ありがとう、あなた。」

一緒に買っておいた紙の皿に乗せ、みさえに手渡す。

ひろし「へへっ、しんのすけには内緒だぞ。」


2人でゆっくりケーキを食べるなんて、ずいぶん久しぶりだ。



ひろし「うまいな。」

みさえ「ええ、」


なぜだか
会話が続かない。

2人とも、なにか言いたそうにしてはいるが
それを口に出すことに躊躇しているような感じだった。

みさえ「あと2ヶ月くらいね」

ひろし「え?」


みさえ「赤ちゃん。」

ひろし「ああ、そうだな。」

医師から癌の話を聞いてからもう半年近くたったのか。



あっという間だったような、長かったような…


みさえ「ねぇ…」

ひろし「ん?」


みさえ「赤ちゃん、大丈夫よね…?」

ひろし「え?」

みさえ「だから、赤ちゃんよ。」


動揺が隠せなかった。
顔に
態度に
言葉に
それは現れた。


ひろし「な、なに言い出すんだよ。大丈夫に決まってるだろ!」


みさえ「………」

ひろし「なにも心配することはないさ!ちゃんと元気に産まれてくるって!!」

みさえ「…そう、よね。」

ひろし「ああ、そうだとも」

みさえ「………」

ひろし「…………」


みさえ「ごめんなさい、今日は検査とか多くてちょっと疲れてるの。もう寝るわ。ケーキ…ありがとう。」

ひろし「ああ、じゃあ帰るよ。また明日な。」



みさえ「………」



――翌日


むさえ「よ!ねえちゃん。」

みさえ「あら、むさえじゃない。」

むさえ「今日はちょっと暇だったからさ。」

みさえ「今日はって、いつも暇でしょ。」


むさえ「えへへ、はいケーキ。」


そう言ってむさえはケーキを差し出す。
それは昨日、
ひろしが買ってきてくれたのと同じ
いちごのショートケーキだった。


みさえ「あら、このケーキ」

むさえ「ん?どうかした?」

みさえ「いえ…なんでもない。」


むさえ「変なねえちゃん。」

むさえの買ってきたケーキを見て
ふと、昨日のことを思い出す。



みさえ「…ねぇ、むさえ。私、死ぬのかな?」


むさえ「え?」


みさえ「私、病気なのよね?」

むさえ「な、なに言ってんだよねえちゃん!!」


みさえ「…やっぱり」


むさえ「…!!」


みさえ「あんたも、あの人も…その態度を見れば分かるわよ。」


みさえ「教えて…むさえ」

むさえ「いや、その…」


みさえ「いいから…教えなさいよ!!」


むさえ「………!」



―――その夜


ひろし「よ!みさえ。」


しんのすけ「よ!みさえ。」

みさえ「あら2人とも。いらっしゃい。」


しんのすけ「見て見てかあちゃん!今日ようちえんでよしなが先生とみんなでつくったの。」



50個くらいだろうか、
折り紙で折られた千羽鶴と、こども達からの寄せ書きをしんのすけは手渡した。


『おばちゃんがんばって』

『うまれたあかちゃんみせてね』

『かわいいあかちゃんをうんでください』



みさえ「………」


折り紙の裏にクレヨンで書かれていた寄せ書き。

1人一言ずつだったが
少しでもみさえの励みになればと園長が考えてくれたことらしい。


ひろし「これは先生たちからだ。」


4通の手紙を渡した。
幼稚園の先生達みんなが
みさえに宛てたものだった。

みさえ「……ぅぅ…。」


みさえは涙を堪えることができなかった。


みさえ「ありがとね、しんちゃん。」


みさえ「明日みんなにありがとうって言っておいてね。」


しんのすけ「かあちゃん。」

みさえ「ん?な~に?」


しんのすけ「…なんでもない。」

みさえ「ん?へんな子ね。」

ひろし「みんなに心配かけてるんだ。早く元気な子を産んで、安心させてあげなくちゃな!」


みさえ「うん、そうね!」


みさえ「…あら?」


しんのすけ「……すぅ…すぅ…」

みさえ「しんのすけったら寝ちゃってるわ。」


ひろし「え?…あ、本当だ。」

みさえの横でベッドにもたれかかって眠るしんのすけ。

その寝顔うまれた時と同じように見えた。


みさえ「しんちゃんも大きくなったわね…」

ひろし「そうだなぁ。」

ひろし「でも、まだまだ大きくなるぞ!」


みさえ「………」


ひろし「どうした」


みさえ「…ねぇあなた。私、絶対元気な赤ちゃん産むから。」


みさえ「元気な赤ちゃんを産んで、しっかり育ててみせる。」


ひろし「うん…」



みさえ「しんのすけやこの子が大人になっていくのをそばで見守っていくの!」
ひろし「………うん」


みさえ「やりたいこともいっぱいある。行きたい所もいっぱいある。しんのすけやこの子としたいことも、まだまだいっぱいある!」


ひろし「……うん」

みさえ「だからね…私、」


ひろし「……」


みさえ「…まだ、死にたくない。」


目に涙を浮かべたまま
みさえは言った。

ひろし「………うん!」


みさえ「あなたぁ…」


ひろし「うん!大丈夫だ。きっと大丈夫。大丈夫に決まってる!」


みさえは知っていた。
自分のことを

…病気のことを。


ひろしはみさえに問いかけることはなかった。

わかっていたのだ。


きっと昨日の自分の態度を見て、不安から誰かから聞いたのだろう。

話した人を責めるつもりはない。

むしろ、謝りたいくらいだ。


こんな重大な責任を押しつけてしまったことを…。



みさえにすまない、とひろしは謝った。

隠していたこと
不安にさせたこと


自分がもっと強い人間だったら…!


そう思った。


みさえ「見て。」

そう言ってみさえは
ひろしに一枚の紙を渡した。



それは幼稚園の子ども達が書いた寄せ書きの一枚だった。

そこには、
クレヨンでこう書いてあった。


『オラ、はやくかあちゃんのごはんがたべたいゾ。はやくおうちにかえってきてね。まってるゾ!』


ひろし「しんのすけ…」

少しシワがあり
文字の色がぼやけているところがあった。



みさえ「この子にも、無理させたのね…」

すやすや眠るしんのすけの頭を、みさえは撫でた。


ひろし「しんのすけは強い子だ。俺やオヤジ達の前で泣いたことがない。……まだ5歳なのに。」


ひろし「…情けないなあ。」


しんのすけ「ん…う~ん」


みさえ「あら、しんちゃん。起きた?」


しんのすけ「ん?…なんだかあちゃんか。せっかくキレイなお姉さんにひざまくらしてもらってる夢をみてたのに。」


みさえ「私で悪かったわね…。」


ひろし「ははははっ、しんのすけ残念だったな。」


しんのすけ「あれ?父ちゃん、目があかいゾ。どうかしたの?」

ひろし「え?いや、なんでもないさ。父ちゃん仕事で疲れちゃって眠いんだよ」

しんのすけ「ほぅほぅ」


みさえ「しんちゃん、今日はもう遅いから帰りなさい。」

ひろし「そうだな、まだ飯も食ってないしな。」


しんのすけ「やれやれ、しかたありませんなあ」


みさえ「ほら、これ。お家に帰ってから食べなさい。」


そういって病室の冷蔵庫から白い箱を取り出し、しんのすけに渡した。


しんのすけ「おお!この匂いは!!」


みさえ「うふふ」


しんのすけ「うわーい!うわーい!かあちゃんってばフトモモ~」


ひろし「ほら、帰るぞしんのすけ!」


しんのすけ「ほい!」


2人が帰ると
途端に部屋が静かになり
寂しさに襲われる。

今日は、
いつもより1人でいるのが辛い

そう感じるみさえだった。


――翌日

みさえは医師にすべてを話した。

もう病気を隠す必要はない、これからも元気な赤ちゃんを産むために協力してほしい。と


医師「大変失礼なことをしました。」


みさえ「いえ、それで今日は?」

医師「はい。え~、お腹の赤ちゃんは順調に成長しています。また、栄養剤と称して打っていた痛み止めのおかげで癌による痛みも少ないかと思います。」

みさえ「はい。」


医師「見る限り、経過は順調です。この調子であれば大丈夫でしょう。」

みさえ「本当ですか!」


医師「ええ、それで今日はいよいよ赤ちゃんの様子を見てみたいと思います。その際、性別も判断できるでしょう。」


男の子か女の子か、
どちらでも嬉しい。
元気に生まれてきてくれれば!

けど、どちらかと言えば
みさえは女の子の方がいいと思っていた。


医師「では、ご主人が来られた際に一緒に確認しましょう。」


ということで

ひろしが来てから
赤ちゃんを見ることになった。


お腹の中で時々動いているのを感じる。
見る間でもなく元気だ。

早く
男の子か、女の子か
それが知りたかった。



――その夜

ひろし「よ!」

しんのすけ「かあちゃん!きたゾ!」


みさえ「あなた!待ってたわ」

ひろし「え?」

みさえ「今から赤ちゃんの性別を見てもらうの!あなたも一緒に!」

ひろし「本当か!?」


しんのすけ「えー!?オラもみる、オラもみるー」


みさえ「うん、じゃあ先生を呼ぶわね」


ナースコールを使い
担当の医師に連絡をいれる。


ひろし「どっちかな~、やっぱまた男の子がいいなあ~。いや、女の子でもいいなあ~」

みさえ「そうねぇ、しんちゃんはどっちがいい?」


しんのすけ「え?…ん~と、オラ妹が欲しい。」

みさえ「あらしんちゃん、ママと一緒ね。私も女の子がいいなあ」


医師「どうも、では行きましょうか。」



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ひろしに支えられながら
みさえは診察室へと向かった。

まずはみさえだけ部屋に入り、すぐにベッドに寝かさる。

程なくして
看護士による診察が始まった。


「ん~~…」



みさえ「どうですか?」


「うん、赤ちゃんは元気みたいね!順調順調!」


みさえ「それで、どっちかわかりますか?」


「ちょっと待ってね~」


みさえ「………」


「うーん、多分だけど女の子じゃないかしらねえ」


みさえ「本当ですか!?」

「ん~生まれてくるまではっきりとは分からないけど、女の子の可能性がたかいわよ。さて、ご主人と息子さんにも入ってもらいましょうか。」




「はいどうぞ~」


看護士さんに言われ
ひろしとしんのすけが入ってきた。


ひろし「みさえ、どうだった?」

みさえ「うん、赤ちゃんは順調よ。女の子だって」


ひろし「そうかぁ!」

しんのすけ「かあちゃん!赤ちゃんみせてー!」

みさえ「いいわよ!こっちにいらっしゃい。」


みさえの横にきたしんのすけは真剣な目でモニターを見つめた。

しんのすけ「おぉ…」


もやもやと動く白黒の映像は、こどもにはよく分からないかもしれないが
しんのすけはただただ
黙って見つめていた。


しんのすけ「……」


みさえ「ほら、もう一度触ってごらん」


しかし
しんのすけは触ろうとはせず、みさえのお腹に耳をあてた。




みさえ「どうしたの?」


しんのすけ「赤ちゃんにオラのこえはきこえるかな?」

みさえ「そうね、きっと聞こえてるわ。」


しんのすけ「……オラがおにいちゃんだゾ。はやくでておいで」


ひろし「しんのすけ…」

「ふふ、この子はいいお兄ちゃんになりそうね」


みさえ「ええ、本当にそうね。」


いつの間にしんのすけは
こんなに成長してたのだろう。
妹の存在はしんのすけにとってとても大きいものなのかもしれない。


みさえ(なら、しっかりと元気な赤ちゃんを産まなくちゃね!)



それからほどなくして
ひろしは別室へと呼ばれた。
しんのすけはそのまま
みさえのそばで赤ちゃんの様子を見ていたいらしく、ついて来なかった。


…いやな予感がした。


ひろし「…何でしょう?」


医師「奥さんの容態のことで…」

医師「単刀直入に申し上げます。…出産は、厳しいかもしれません。」


ひろし「え!?」

医師「痛み止めを点滴しているおかげで今は元気に見えますが、薬が切れると激しい腹痛に襲われるらしいのです。以前は1日一回の点滴でしたが、今では薬の量は増え、回数も多くなってきてます。」


ひろし「そんな!」


医師「癌は確実に進行しています。もう痛み止めでは限界でしょう。これ以上痛み止めを使えば、母体にはもちろん、赤ちゃんの負担にもなりかねません。」


ひろし「…なんとかならないんですか?」


医師「…まだ赤ちゃんは出産できるまでに成長しきっていません。今、手術で赤ちゃんを出産したとしても脳に障害が発生したり、最悪の場合死んでしまう恐れもあります。」


ひろし「なら…」


医師「残酷な事を申し上げますと、奥さんか赤ちゃん…どちらかを、選ばなくてはならない時がくるかもしれません。覚悟しておいてください。」


ひろし「く…そんな、どうして!」


みさえか赤ちゃんか…
そんなの選べるわけがない。
どっちも俺の家族だ。
愛する家族なんだ!!


ひろし「うぅ…みさえ…どうしてこんなことになっちまったんだよぉ…」



どうすればいい、
俺は…どうしたらいいんだ。

選ぶしかないのか…?

命に、優先順位をつけろってのか…?


神様、あんたはなんて残酷なんだ。


医師「…奥さんに伝えるかどうかはあなたに任せます。」


――――



ひろしはしんのすけと屋上に来ていた。

1人は、寂しかったのだ。

ひろし「月、綺麗だなあ」


しんのすけ「満月ですな」


ひろし「…しんのすけ。」


しんのすけ「なあに、父ちゃん?」


ひろし「お前は男だ。もう立派な俺の息子だ。だから隠し事はやめる。」


しんのすけ「うん」

ひろし「かあちゃんはな、死んじゃうかもしれない。…かあちゃんが助かっても、今度は赤ちゃんが死んじゃうかもしれない。かあちゃんの病気のせいで、どっちかしか助からないかもしれないんだ。」


しんのすけ「…うん」


ひろし「しんのすけ…お前はどっちだ?」


ひろし「お前なら、どっちにいてほしい?」



しんのすけ「…父ちゃん」


ひろし「なんだ?」


しんのすけ「ふん!」

ひろし「いたっ!」

しんのすけ「父ちゃんのおバカ!!」

ひろし「!!」


しんのすけ「かあちゃんは死なないゾ!あかちゃんもちゃんとうまれてくるゾ!!どっちも死んだりなんかしないゾ!!」


ひろし「しんのすけ…けどな」

しんのすけ「けどじゃない!!」

そのまましんのすけは走り去っていった。

しんのすけのいなくなった屋上で、ひろしはただただつっ立っていた。

…今自分は何をしたんだろうか。


ひろし「…最低だな。」


しんのすけに答えを求めてどうする。
5歳の息子に助けを求めて恥ずかしくないのか



しんのすけは言った
みさえも赤ちゃんも死んだりなんかしないと



そうだ

その通りだ

そのことを俺が信用しないでどうする


ひろし「くそ…くそ!!チクショウ!!!」



――その夜
ひろしは1人屋上のベンチに座り
自分の不甲斐なさに
ただただ泣き崩れた。



―――翌日

しんのすけはみさえの病室で一夜を明かした。

しんのすけ「かあちゃんとねる!かあちゃんとねる!」

そう言って駄々をこねたのだ。

もしかしたら
ひろしに対するしんのすけなりの優しさだったのかもしれない。


男には1人になりたい時もあるのだ。


みさえ「しんちゃん、いい加減に起きなさい!」


しんのすけ「zzzz...」


みさえ「全く…しょうがない子ね。」


看護士「野原さーん、朝食ですよ。」

みさえ「あ、はーい。」


看護士「今日は魚ね、日本の朝ご飯よ。それから…これ。」


みさえ「え?」

看護士「しんちゃんの分よ!おにぎりと卵焼きとリンゴジュースが入ってるわ。」

みさえ「そんな、悪いですよ」

看護士「いいのよ、しんちゃんにはいつも笑わせてもらってるから。この前もナースステーションでね、おしり出してなんだか面白い踊りを見せてくれたのよ。」


みさえ「あのおバカ…」


看護士「いい子じゃないの!しんちゃんがいるだけで、まわりが明るくなるわ。」


みさえ「そうですかね」


看護士「そうよ。しんちゃんがあんなにいい子なんだから、お腹の子もきっといい子に育つわ。だからしっかり食べて、元気な赤ちゃんを産みましょう!」


みさえ「…ええ!」



しんのすけ「う~ん、かあちゃん?」


みさえ「あらしんちゃん、やっと起きたの」


しんのすけ「うん」


看護士「は~い、しんちゃん。おはよう」


しんのすけ「…だれだっけ?」


看護士「あら、まだ眠いのかしら?まあいいわ、またナースステーションに遊びに来てね。じゃあ」


みさえ「はい、ありがとうございますした。」



しんのすけ「かあちゃんはらへったー。」


みさえ「はいはい。しんちゃんの分もあるわよ。」

しんのすけ「おお!」


みさえ「あとでさっきの看護婦さんにお礼言っときなさいよ」


しんのすけ「もちろんだゾ!」


ベッドに座り
みさえとしんのすけは
2人で朝食を食べ始める。

こんな風に
しんのすけと2人で朝ご飯を食べるのは久しぶりだ。

みさえ「しんちゃん、おいしい?」


しんのすけ「う~ん、ちょっと薄味ですな」


みさえ「あらま…」



しんのすけ「あれ?かあちゃん食べないの?」


みさえ「え?ああ…、なんかお腹減ってなくて」


しんのすけ「ダメだゾ!しっかり食べなきゃ、あかちゃんがおおきくなれないゾ!!」


みさえ「ふふっ。はいはい。わかってますよ。」


しんのすけ「まったくもう。」



つわりは終わった。
多分病気のせいなのだろう…

食べ物があまり受け付けなくなってきていた。

でも、しんのすけに心配をかけさせるわけにはいかない。

そう思い少しずつ、少しずつ食べ物を口に入れていった。


みさえ「そういえばしんちゃん、パパは?」


しんのすけ「…さあ」


みさえ「ふーん、しんのすけほったらかしにして何やってんのかしら?」



しんのすけ「…オラ、ちょっと探してくるゾ」


みさえ「あ、ちょっとしんのすけ!」




――――屋上


……………


気がついた時はもう朝だった。

夜のあんまり記憶がない。


寝ていたのか
それとも起きていたのかもあいまいだ。

こんな感じは
仕事帰りに飲んだ時以来だ。

みさえが入院してから酒は飲んでいない
川口の誘いも断り続けている。


ひろし「ビール飲みてぇなあ……」


バタン!

屋上の扉が閉まる音がした。


ひろし「…しんのすけ」


しんのすけ「父ちゃん。」


しんのすけは黙って小さな袋を渡した。


ひろし「?」


その小さな袋の中には
小さなおにぎりが入ってあた。


ひろし「お前…」


しんのすけ「きょうはおしごとでしょ?あさご飯はしっかり食べないとおからだにわるいゾ!」


ゴルフボールくらいの小さなおにぎり。

きっと自分のを半分のこしてくれたのだろう。

よく見れば、握り直したあとがある。


ひろし「うぅ…」


息子の前で泣くのは
これで何度目だろうか


ひろし「ありがとうよ」


そう言い
しんのすけがくれた小さなおにぎりを食べた

ひろし「…うまい」


しんのすけ「とおちゃん、オラもがんばるゾ。…だから、とおちゃんもがんばるんだゾ!」


ひろし「おう…!」


立ち上がり
涙を拭った。


ひろし「よし!行ってくる!!」


そう言い、
ひろしは会社に今日も向かうのだった。


――――病室


医師「……わかりました。では、すぐに」


みさえ「ありがとうございます。」


医師「いえ。…では」


ガラッ


みさえ「あら、しんちゃん。」

しんのすけ「とおちゃんはおしごとにいったみたいだゾ」


みさえ「ふーん、そうだったの」

しんのすけ「またくるって」

みさえ「…そう」


しんのすけ「?」


しんのすけ「かあちゃん、どうかしたの?」


みさえ「ん?別に。それよりしんちゃん、今日はおうちに帰りなさい。むさえに迎えに来てもらうから。」

しんのすけ「ほ~い」


みさえ(あら、やけに素直だこと。)


しんのすけ「…………」



それからしばらくして
しんのすけはむさえと一緒に帰っていった。


夜、ひろしが来たが
特別なこともなく
話をしたあと帰っていった。

それからの毎日は、
また普通に過ぎていった。

こんな普通の毎日がずっと続いて欲しかった。


幸せな時間


家族との時間

それだけでいい、
他に何もいらない。

ただ、家族と一緒にいられる時間がほしい!!


そう願い続けた毎日でもあった。



そして
その日はやってきた。



しんのすけ「…………」


「ストレッチャー!!はやく!!」

「血圧計ります!!」


「野原さん!!聞こえますか!!野原さん!!」


「誰か!ご家族に連絡入れて!!」


いつもと違う騒がしい病室の中で
いつもと様子の違うみさえの姿を
しんのすけはただ黙って見ていた。



「運ぶよ!!」

「「「1、2の、3!!」」」



どこかへ運ばれていくみさえを追いかけることもしなかった


しんのすけ「………」



―――手術室


「バイタルチェックして!!母子共に!」

「はい!」

「麻酔科の先生は?」

「あいよ!」

「開腹の用意、帝王切開を行う。」



――――


「メス!」


――――――


ひろし「はあ…はあ…」


しんのすけ「…」


ひろし「はあ…………はあ………」


しんのすけ「…」


ひろし「………嘘だよな?」

しんのすけ「…」


ひろし「おい、冗談だよな?」



医師「……」


ひろし「なあ、はっきりしてくれよ」


医師「…残念ですが」


目の前の白いベッドには
まるで化粧をしたかのように白い顔で眠るみさえが横たわっていた。


しんのすけ「…」


ひろし「……嘘だよな」


ひろし「おい!みさえ!起きろ!!目を覚まさって!!」

体を揺すっても
頬をつねっても
みさえは目を開けることはなかった。


医師「…癌は胃だけでなく、至る所に転移していました。…もう、手の施しようがありませんでした。」


ひろし「なんでだよぅ…なんで…なんでなんだよ!!あんた、助かるって言ったじゃないか!!なんでこうなるんだよ!!!」


医師「抗がん剤は、奥さんの体力を著しく奪っていきます。しかし、奥さんにはもう食べ物を消化する体力も残ってなかったんです」

ひろし「な……に」


医師「少し前から、点滴による栄養補給を24時間休まずに行い、凌いでいたんです。」


医師「点滴に変えた時点で、もう…手遅れだったんです」


ひろし「そんな…」


しんのすけ「……」


「すぅ……すぅ……すぅ」

みさえの眠るベッドの横には、同じ顔で眠る赤ちゃんが小さな小さな寝息をたてていた。



小さな命は
大きな存在と引き換えにに、無事生まれたのだった。




翌日、
みさえのお通夜が行われた。

幼稚園の先生、
しんのすけの友達の親御さん、
ご近所の方々

こんなに大勢の人に愛されていたんだな……


花に囲まれた棺と遺影。


みさえの体をあの棺にしまう時、赤ちゃんの写真も入れてやった。


顔も見ずに逝っちまいやがって……


「~~~~~~~~」


坊さんがよくわからないお経を唱えている

周りの皆さんは頻りにハンカチを目に当てている


俺にはもう
涙は残っていない


しんのすけ「…………」


しんのすけは昨日からあまり喋らなくなった

ショックが大きかったのだろう。無理もない


ひろし「………」


通夜が一段落し
ひろしはしんのすけを外へ連れだした。


しんのすけ「なにとうちゃん?」


ひろし「しんのすけ、お前…赤ちゃんの名前を決めてみないか?」


しんのすけ「え?」


ひろし「だから、お前が赤ちゃんの名前を考えるんだよ。」


しんのすけ「…どうして?」


ひろし「みさえの…母ちゃんの頼みだからさ。」



しんのすけ「!!」



――――少し前



医師「野原さん…お渡ししたいものがあります。」

そう言い
医師はひろしに分厚い封筒の束を渡してきた。


ひろし「これは?」


医師「みさえさんが書き残していった遺書です。病室の棚から見つかりました。」



いくつもの封筒が髪を縛るゴムで束ねられ、その一つ一つには、名前が書いてあった。

ひろし「あ…」

見つけたのは"あなたへ"と書かれた封筒だった。

医師「では…」


医師が帰ったのを見送ると、ひろしは封筒を開けた。



みさえ「あなたへ…」


みさえ「まず、子ども達を残し先に逝くことを許してください。
あなたに責任を全て押し付けるようなことをしてしまい、本当にごめんなさい。
出来れば、私もあなたのそばでしんのすけやお腹の子の成長を見ていたかった。

でも、それは叶わないみたいです。

日に日に増していくのは体の違和感と点滴の量。そして不安。

食事も満足にできないこの体で、無事に赤ちゃんが生まれてくるのか。

1人でいると、そんなことばかり考えていました。

けど、あなたやしんのすけの顔を見るとそんな不安もどこかへ行ってしまい、絶対赤ちゃんを産んでやる!
そう思うことができました。

この手紙を読む頃に私はもういないかもしれないけど、きっと元気な赤ちゃんが産まれてきてくれてるはず。

きっと私に似て美人になるから、大切に大切に可愛がってください。



あと
しんのすけにもごめんねって伝えておいてください。
5歳の子には辛すぎたと思うから。


最後に、

あなたに会えて良かった。
あなたに会えて、結婚して、しんのすけが生まれて。
ケンカもたくさんしたけど、毎日が幸せでした。


ありがとう。

愛してます。

みさえ 」


ひろし「うっぐ…、みさえ…」


ひろしはまたしばらく
その場で泣き崩れた。


ひろし宛ての他にも
しんのすけ宛て
銀の助宛て
幼稚園の先生宛てなど
いろんな人宛てがあった。

きっと苦しい中必死書いたんだろう。
不安と戦いながら…



―――――現在


ひろしはしんのすけに一枚の封筒を差し出した。


ひろし「これは、母ちゃんがしんのすけに書いた手紙だ。」



"しんちゃんへ"


しんのすけはそう書かれた封筒を受け取り


手紙を取り出した。

しんのすけ「しんちゃんへ…」


しんのすけでも読めるように、すべてひらがなで書かれた手紙を
しんのすけはただただ黙って読みだした。


みさえ「しんちゃんへ。
ママはとおいところにいきます…なんていってもだめよね。


しんちゃんがこのてがみをよむときにはもうママはいないはず。

ないてくれてるかな?
それともおにばばがいなくなってあんしんしたかな?

どちらにせよ
ママはかなしくて、さびしくてまいにちないてました。

しんちゃんやパパとおわかれしなきゃいけないから

ふたりとおはなしもできなくなるから

みんなでごはんをたべられなくなるから

いっぱいりゆうがあるけど、おとなになったしんちゃんをみられないのがいちばんざんねんかな。


こんなだめなママでごめんね。



でもね
しんちゃんはもうおにいさんだから、
いもうとにおにいさんはつよいんだぞってところをみせていかなきゃいけないの。

だからね
いつまでもないてちゃだめよ!


さいごにママからのおねがい。

うまれてきたあかちゃんにおなまえをつけてあげてほしいの。

しんちゃんだから
きっといいなまえをつけてくれるはずだから。

ママはてんごくからみんなのことをみまもっています。

ママのところにうまれてきてくれてほんとうにありがとう


あいするしんちゃんへ


      ママより」


しんのすけ「うっぐ…があぢゃん…おら…いいおにいさんになるゾぉ…!!」


しんのすけの叫びに似た泣き声はきっとみさえに届いたに違いない。

ずっと我慢して
ずっとこらえてきた。

まだ5歳なのにしんのすけは人前では絶対に泣かなかったんだ。

そんなしんのすけの式場に響き渡るほどの泣き声に誰が文句を言えるだろう…


そこにいた人達はみんな
しんのすけにつられて
また涙を流すのだった。


――――後日



しんのすけ「決まったゾ!」


この日ついにあかちゃんの名前が決まった。


『野原 ひまわり』


ひろし「いい名前じゃないか」


『ひまわり』そう名付けられたら赤ちゃんは、みさえの眠る横でスヤスヤと眠っている。

まるでそばに母親がいるのが分かるかのように
安心しやわらかい寝顔をしたまま。





















―――――野原家



ひろし「しんのすけ~、ひまわり~行くぞ~。」


しんのすけ「ほ~い」


ひまわり「待ってまだ洋服決まってない!!」


ひろし、しんのすけ「やれやれ…」


みさえがひまわりを産んでから十数年の月日が流れた。

しんのすけは高校へ入学し、ひまわりは小学校卒業を控えていた。

明日はひまわりの誕生日。つまり、みさえの命日だ。

三人は車で秋田にあるお墓に墓参りに行こうとしている最中だった。


しんのすけ「まったく、あの支度の長さは誰に似たんでしょうな?」


ひろし「まあ、間違いなくみさえだな…」


ひまわり「できた!さあ行きましょっ!!」


ひろし「どんどんみさえに似ていくなぁ…」


ひまわり「なにいってんの?ほら、はやく!」


こうして三人は車に乗り家を出発した。

何事もなく秋田の銀の助の家に着いたのは
もう夜のことだった。


銀の助「おうひろし!よく来たな!」

ひろし「おう、ただいま!」

ひまわり「おじいちゃんこんばんは~」

しんのすけ「よっ!」


銀の助「おお2人とも、またデカくなったのぉ」



つる「あらあら、しんちゃんにひまちゃん。疲れたでしょ?はやくあがりなさい。」

しんのすけ「ほ~い」


ひまわり「おなかへった~」

3人が落ち着いたころ
ちょうど晩ご飯が出来上がった。

ひまわりは率先してつるのお手伝いをしていたおかげか、あまり時間はかからなかった。


ほどなくして
5人でテーブルを囲み晩ご飯を食べ始めた。


ひろし「うまいな~」

しんのすけ「ほんとほんと。」

つる「二人ともおおげさな。」


しんのすけ「いやいや、父ちゃんの作る料理は食えたもんじゃありませんからな」


ひまわり「そう?私はパパの作る料理好きよ?ほら!キムチのバター炒めとかおいしいじゃない!」


銀の助「ひろし…お前ひまちゃんになに食わせてんだ?」


ひろし「いや…ほら…あはははははっ」


しんのすけ「やれやれ」


銀の助「そんでひろし?明日は墓参りしてすぐ帰るのか?」


ひろし「ああ、明後日はしんのすけとひまわりは学校だし、俺も仕事あるからよ」

銀の助「そうか、ならしっかり元気な姿見せてこいよ」

ひろし「ああ」



その夜も
いつもと変わらず

笑いが絶えず家に響き渡っていた。


――――翌日


ひろし「よし、行くか」


銀の助「一回戻ってくるんだろ?気をつけて行ってこい。」


車で20分くらいの所に
野原家の墓はある。

みさえは今もそこにいる。


駐車場に車を止め
3人は墓の前までやってきた。


ひろし「…よ、会いに来たぞ」

しんのすけ「来てやったぞ…」


ひまわり「…………」


ひろし「どうだ?2人ともまたデカくなったろ?」


しんのすけ「…………」


ひろし「ひまわりはもうすぐ中学生になるんだぜ?早いよな~」


しんのすけ「母ちゃん見てるかな?オラの制服姿まだ見せたことなかったから制服で来たんだぞ」


ひまわり「ママ…見てる?私もママのことが見えたらな…」


ひろし「きっとみさえは2人のそばにいるぞ。見えなくても見守ってくれてる。」


――――



ひろし「じゃあ、また会いにくるからよ。」


ひまわり「バイバイ。」


しんのすけ「またね、母ちゃん。」


帰り際
暖かく心地よい風が吹いていた。


みさえがありがとうと言ってるのかもしれないな…とひろしは思った




ひまわり「そういえば…」


ひろし「ん?」


ひまわり「なんで私はひまわりって名前なの?」


ひろし「ああ、しんのすけに聞いてくれ。ひまわりって名づけたのはしんのすけだからな」


ひまわり「お兄ちゃん、なんで?」


しんのすけ「………昔。」


ひまわり「?」


しんのすけ「ひまが生まれるちょっと前、幼稚園の先生が花言葉を教えてくれたんだ。 」


――――――――

吉永先生『はい、今日はひまわりをみんなで描いてみましょう~』


しんのすけ「たしかこんな授業だった。」


吉永先生『みんな上手に描けたわね~』


吉永先生『はい、今みんなが描いたひまわりには花言葉というものがあります。ひまわりだけじゃなく、バラや菊、すべての花に花言葉はあるんです。』



吉永先生『そしてこのひまわりにどんな花言葉があるかというと…』



――――――――



ひまわり「…どんな花言葉があるの?」


しんのすけ「愛や再開、見守るとかいろいろあるらしい。」


ひまわり「……」


しんのすけ「だから…。当時赤ちゃんだったひまのそばには母ちゃんがきっと居てくれる。きっと見守ってくれてる。そうであってほしい。そんな願いを込めて、ひまわりって名づけたんだ。」


ひろし「しんのすけ…」


ひまわり「お兄ちゃん…」



しんのすけ「へへ、ちょっとくさかったかな。」
ひまわり「ううん、ありがとうね、お兄ちゃん!いい名前を付けてくれて。」

しんのすけ「お、おう」

ひろし「あ、照れてるなコイツ」

しんのすけ「て、照れてないぞ!」


ひまわり「あははは」


―――ふふふ


しんのすけ「…………」

吹き抜けていく風が
しんのすけには笑い声に聞こえた。



しんのすけの願いはきっと届いただろう。

今も、
そしてこれからも

三人のそばで
みさえは笑っているはずだ。


おしまい


クレヨンしんちゃん4.jpg



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