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傘 [感動]







どんなに深い愛を感じていても、
まったく変わらないなんてこと、やはり不可能なのだろうか。


私はもう、妻と会話をほとんどしていない。


子どもは2人、上が小学校4年生の男の子で、
下が小学校2年生の女の子。


職場恋愛で知り合った妻と結婚したのは
私がまだ大学卒業したての新人で、
失敗をよくし、上司にいつも怒られていた頃だった。

1年後輩で総務部に配属されていた彼女は人気が高く、
いつも笑顔で、その笑顔見たさに社員食堂では彼女の居場所をよく探したものだった。


会社全体の忘年会の後、帰る方面が同じだったので、
私は思い切って彼女にもう一件よらないかと誘った。


以外にも彼女は上機嫌で、ぜひご一緒したいです、と即答をした。


そこから何度がデートを重ね、結婚をした。


第二子ができてしばらくまでは仲の良い家族だったのだが、
ちょうど私が課長に昇進した頃からだった。


会社の付き合いが今まで以上に増え、
また、2年の単身赴任を経験したことが最大の理由で、
私は妻と向き合えなくなっていた。


家に帰っても子どもを介して話すことはあっても、
二人きりになると重苦しい空気が二人を襲う。


そうなるのが怖くて、
理由がなくてもほぼ毎晩誰かを誘って飲みに出るようになった。


悪循環。
まさにそれだった。



ある日、会社へ行くと、私のデスクに2枚のチケットが置いてあった。

プラネタリウム。

手に取ってみていると女子社員が

「一人2枚だそうですよ。ほら、今度タイアップする会社の営業さんが、
昨日いらした際に頂戴したんですって。
私もいただきました。子どものとき以来ですよー、プラネタリウムなんて」


とうれしそうに説明をしてきた。

ふーん、と眺め私はそのチケットを女子社員に差し出した。


「いらないんですか?課長。」

「うちは、4人家族だし、連れて行く時間もないからね。
誰かにあげなさい」

そういうと、女子社員はチケットを受け取った。

一瞬、間があり、女子社員はチケットを私に戻した。


「課長、たまには奥様と行かれてはどうですか?」


ないない!と笑いながら私は首を大きく振った。

「いいじゃないですか、奥様、喜ばれますよ、きっと」

そういうと彼女はデスクに戻っていった。


バカバカしい、と思いながらも私はチケットに目をやった。
そしてもう一度チケットを手にした。








昼を過ぎても心のどこかに誘うべきかどうかが引っかかっていた。
誘って、もしも、断られてしまったら、
私はますます妻との距離を置いてしまう。

悪化だけは避けたかったのだ。

メールを作っては消し、作っては消し、
まるで高校生のように何度も何度も繰り返した。


どうやら私は妻とものすごくデートがしたいらしい。
断られたところでいままでと同じ事だ、と私は妻にメールをした。

「今夜、18時に出てこれないか?プラネタリウムのチケットをもらった」


数時間経っても妻からの返事はなく、私はメールを送った事実も忘れかけていた。
16時少し前になって、やっと返事が来た。

恐る恐るメールを開けると、

「待ち合わせどうする?」

と承諾のメールだった。


仕事を早く切り上げ、私は妻の待つ駅前に急いだ。

小雨が降り出し、こんな日に、と思ったが傘を買う余裕すらないほど、
妻より先に待ち合わせ場所にいたかった。
焦っている姿など、妻に見せたくない。


なんとか妻より早くついた。
しかし間一髪とはこのこと、妻の姿が見えた。
めずらしく、花柄のワンピースを着ている。
私は照れ隠しに、「いい年して」とつい口から出てしまった。

妻はむっとしながらも、傘をさし私に手渡した。
「持ってよね」
そういうと自然に、妻は私の腕に触れた。


そこからプラネタリウムまでは歩いて10分程度。

特に話すこともなく、時折「雨だな」程度の会話をしながら
目的地まで進んだ。
さっきより雨足がきつくなっていた。


プラネタリウムは想像していたものよりもはるかに近代的というかアートになっていた。
正直、私は内容に興味がないので、そう感動するものでもなかったのだが、
妻はどうだろうか、退屈していないだろうか、と気になった。

上映後、プラネタリウムを出た私と妻は、遠回りをして家路についた。

それはどちらともなく、空白の数年間を埋めるように、
「あの道通ってみようか」
と雰囲気で伝わったのだ。

気にしたこともなかったが、家族で出かけるときはいつも私だけ先頭で歩いていた。
家族に歩幅を合わせたことなどなかったのだな、と少し心が痛んだ。

帰り道は自然と歩く速度が落ちた。
妻の手を握りしめたことは、自然に成り行きだと思う。


妻は照れた様子で俯いた。
ありがとう、そういうと妻は私の手を強く握り返した。


家路がこんなに温かく感じたのは何年ぶりだろうか。
私はずっと、この女性に恋をしていたんだ、そう気付いた。


いつの間にか、雨が、あがっていた。


プラネタリウム.jpg






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