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アゲハ蝶と青空の絵本 [感動]

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「パパ・・・パパ!ちょうちょがいる」

バルコニーで遊んでいた五歳の娘が駈け込んできました。

居間のソファにいた私は、本を閉じました。

「どこにいるの」
「あっち」
「あっちってどこ?バルコニー?」
「いちばん上」

バルコニーに出て恐るおそる上を見ました。

いました。全長6センチほどのキアゲハ(アゲハ蝶の仲間)が止まっています。

「まいったな」

私は虫、とくに蝶や蛾が苦手なのです。
あのひらひら音もなく舞う姿が気持ち悪くて仕方ありません。
種類、大小かかわりなく嫌いです。

蝶はときどき思い出したように慌ただしく羽をはばたかせながら、天井のコンクリートを右往左往しています。

まいったな、と口にしたのにはもう一つ理由がありました。

その屋根は凹型になっていて、蝶にとってはまさに袋小路。
自力で抜け出すのは無理なのです。
蝶が自力でベランダから抜け出すには30センチほど下降して横に飛ぶしかないのですが、
蝶にそのような知恵があるとは思えません。

見ていると上に一直線、横に一直線しか飛べないようです。

「パパ・・ちょうちょ怖い」

娘も私に似たのでしょう。
蝶が嫌いなようです。

「なんでマンションのバルコニーの屋根なんかに入り込んだんだろうな」
ここは6階。
よくここまで飛んできたものだと思います。

腰に手をあてて天井を見ました。
娘と二人で過ごす退屈な土曜日、とんでもない珍客が舞い込んだのでした。

ところで私の妻は家計を支えるためにパートで働いています。
勤務日は月曜から金曜までの午前中、そして土曜日の午後です。
娘がまだ乳児だった頃からずっと続けています。
平日は託児所に預けますが、土曜日は私に任されました。

娘と二人きりの時間は気分転換にもなり、楽しみでした。
毎週いろんな遊びを考えて楽しいひと時を過ごしたものです。

でも幼稚園に入ると娘も自分の世界を作るようになり、私の遊びより、幼稚園で覚えた遊びの方が楽しいらしく、一人で時間を過ごすようになりました。
土曜日の午後、家の中には二つの空間ができていました。

そんなときに突然やってきた蝶。
二人はそれぞれの空間をぬけだしてバルコニーに集まったのでした。

「どうしよう」

妻が帰るのを待って判断を仰ぐか、などと情けないことを考えたりしました。でも妻が帰るのは19時です。夏とはいえバルコニーも暗くなり、手を打とうにも対処が難しくなるかもしれません。

「パパ、ちょうちょ怖い。ここじゃ遊べない」

娘は、蝶が屋根にいるせいで落ち着いて遊べないようです。

見るかぎりその蝶が降りてくることはなさそうです。
そもそも降りてこれるなら、自力で逃げられるのですから。

「ちょうちょは降りてこないから大丈夫だよ」
「ええ・・・?でもいやだもん」

わかります。
そこにいるだけで嫌なのです。

どうしようか。


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蝶の運命は三通り考えられます。

㈰自力で脱出する
㈪人間の介添えで脱出する
㈫その場所で一生を終える

蝶の特性から㈰は無理だろうと思えました。
㈫はあまりにかわいそうです。それにこの場合、蝶は命耐えるまでここに滞在することになります。バルコニーで遊ぶ娘も、洗濯ものを干す妻も嫌でしょう。

そうなると㈪しかないです。

暗くなる前に、私の力であの蝶をバルコニーから解放してやる必要があります。

ではどうやって介添えするか。

蝶に抵抗がない人であれば、椅子の上にのぼって蝶をつまみ、そのまま外に放すでしょう。
直接触りたくないのなら虫取り網を使うのもありです。

でも蝶など触りたくもないし、虫嫌いの家庭には虫取り網は存在しません。

考えた挙句、ステンレス製の物干しざおに蝶を止まらせて、そのままゆっくりとバルコニーの外に突きだして逃がす作戦です。

これなら人は蝶に触れる不快なく、蝶も人に捕まれる苦痛なく、平和的解決ができそうです。

さっそく物干しざおを伸ばし、蝶の横まで持って行きました。びっくりした蝶はぱたぱた飛びまわり、そのステンレス製の怪人から逃れようとします。

娘は部屋から顔だけ出してこっちを見ています。
心配そうな表情がいじらいしいです。

竿を動かすと蝶を刺激することがわかりました。
木の枝のようにじっと固定しておけば、蝶もその上で羽を休めることでしょう。
私は蝶の横で竿を固定しました。
やがて蝶は竿に止まり、羽をゆっくり開閉しました。

(今だ)

そっと竿を引き、バルコニーの外に移動させます。
でも外に出す瞬間、蝶が飛んだのです。そしてまた元の天井にひらひらと帰ったのでした。

「外に出たいんじゃないの?なんでそっちに行くんだよ」

「なんでそっちに行くんだよ」
 娘も私の言葉を真似ます。

何度か繰り返しましたが、結果は同じでした。
竿を移動するときに揺れるのがまずいようです。

(ゆっくりやればいいんだ。ゆっくり、優しく)

何度目のトライか忘れましたが、ようやく蝶が止まった竿を、可能な限りゆっくりと移動しました。蝶が空気の振動すら感じないくらいの超スローモーな移動です。

(あと少し。おとなしくしてろ。いい子だ)

ついに外に出ました。

蝶はまだ止まったままです。

「もう大丈夫だ。さあ、飛んで行け」

竿を少し前に押しました。

すると蝶が元気に飛び上がったのです。
ひらひらと不規則に飛び、青空を飛んだのです。

青空に黄色い羽。
それはとても美しく見えました。

ほっとしました。

「ちょうちょ、飛んで行っちゃったよ。羽がきれいだったね」
 と娘に話しかけました。
「うん。絵本みたいだったね」

マンネリ化していた娘とのひとときにおきたその出来事は、
とても楽しいものでした。

ひさびさに娘と二人で遊んだ気分になりました。

−絵本みたいだったね−

ふたりで協力して絵本を書いたような、充実した気分です。


アゲハ蝶.jpg


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