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母ちゃんの凧 [感動]

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「母ちゃん、凧、凧」
 
冬休み最後の日の夜、弟の三郎がすごい形相で母にすがりついた。

「凧がどうしたと?」
「持って行かんといかん」

三郎のたどたどしい説明によると、冬休みのうちに凧を作って学校に持って行かなければならないらしい。冬休みあけにみんなで凧上げをやるので、各自作って持ってきてくださいと先生から言われていたという。
お父さんやお兄さんに相談して作ってみてくださいと。

「なんで今頃言うと?」

母が困惑するのもむりはない。
時計を見ると21時少し前。
三年生の三郎はいつもこの時間には寝てしまう。
明日の学校の準備はすでにできているが、凧のことを急に思い出したらしい。

「どげんすればよかとかね」

たたんだ洗濯物を抱えて狭い部屋の中を歩き回る母。

「お父さんがおればね」

父は東京に単身赴任していた。
正月は大晦日から戻ったが、三が日が開けたら帰ってしまった。
熊本には当分戻らない。

「ほんとに明日までに持っていかないかんと?」
 母が顔をしかめっ面にして三郎を見下ろした。

「うん」
 
なぜか危機感のない三郎。
まるで他人事のような顔をしている。それは母に言えば解決してくれるだろうという信頼感からくる落ち着きなのかもしれなかった。

「二郎、作れんね」
「できん。作ったことなか」
僕は六年生だけど凧は作ったことがない。

「ほんと今までなんばしよったとかね」
 
それでも母は知恵を出し、材料を集めた。

・割り箸四膳
・青いビニールのポリ袋
・糸(裁縫用の糸と太い凧糸)
・木工用ボンド

これらはとても凧作りの材料と呼べるものではなかった。
普通なら笑い出すところだが、父不在の冬休みの最終日、緊急で凧を作らなければならない我が家に笑いは生まれなかった。材料のひとつひとつが重要な役目を持つ選ばれし者たちだった。

母がそれを組み立てた。
割り箸を割り、二本をつなげて一本にし、凧の一辺を作った。
つなげ方はいたって単純で、先の二センチ程度を重ねて糸で結び、木工用ボンドを垂らす。それを四辺作り、正方形にして糸でつなぎ合わせる。
かくして一辺35センチ程度の凧の土台ができあがった。

「母ちゃんすげえ」

と三郎が言った。
その喜びに満ちた顔は、凧に対する感動ではなく、とりあえず明日持って行く宿題ができつつあるという安心によるものだと思った。
僕も同じで、これで少なくとも今夜はゆっくり眠れそうだと思った。

「後はビニール貼るだけだけん、二人とも寝てよか」

母も少々落ち着きを取り戻していた。
ボンドを垂らした部分にふうふうと息を吹きかけながら、少しゆがんだ正方形をしげしげと見ていた。

「ビニールは木工用ボンドじゃだめだけん、セメダイン持ってくる」
 とっさに思いついた僕の知恵。
 プラモデル作りで使うセメダインを持ってきた。

「ありがとう、二郎。早く寝なさい」
「おやすみ」

隣の部屋に入ると、布団に入った。
三郎はすでに布団の中だった。
布団は冷たかったけど、だんだんを温かくなってきた。
三郎はすぐに寝息をたてた。
よく平気で寝れるもんだと思った。


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耳を澄ませると、ビニールをハサミで切る音がした。
カチコチと鳴る古い壁時計の音に混じって、チョキチョキと音がする。
ときどき母の咳払いがする。

音が消えた。

きっとセメダインを塗ってるんだ、と思った。
案の定、テーブルにセメダインのチューブを落とす乾いた音がした。
かすかに母の息が聞こえる。
セメダインを乾かしてるんだろう。

だんだん眠くなってきた。

翌朝、テーブルの上に完成した凧が置いてあった。
昨日の正方形の枠に、青いビニールをセメダインで貼っただけだった。
正方形はゆがんだまま固まっていた。

正方形の角から出た凧糸が、凧の正面40センチくらいの位置で一本につながっていた。その結び目からさらに3メールほどの凧糸が延びていた。
つまりその凧は3メートル上空しかあがらないことになる。

ぱっと見、それは凧には見えない。
凧と言えば凧だが、蠅取り紙にも見える。

三人で黙々と朝ご飯を食べた。
三郎は母が用意した農協の紙袋に凧を入れると、満足げに玄関に走った。

凧あげは二日後、運動場で行われたようだ。
風が強い日だった。
僕は見てないけど、窓際にいる友達が凧の様子を少し見たと言った。

「高かとこに八本くらい上がっとった。三年が作ったとは思えんかった」
「親が作ったんじゃにゃあや。三年がそげんとば作れるや」
 と別の友人。

三郎の凧はどうだったろうとふと思ったけど、少なくともその八本の中にいないことは確かだった。
上がったとしても三メールなのだから。

その帰りがけ、弟に結果を聞いた。
弟は口角泡を飛ばしながら、手真似で凧上げの顛末を語った。

「こぎゃんして上げたばってん、風んビューって来てくるくる回ってたい、ぶわーんち破れて、ばらばらになって落ちたとぞ」

けらけら笑った。

「それで、みんなどうした」
「腹かかえて笑いよった」

おかしかったけど、それ以上笑えなかった。
母のことを思い出したんだ。

あの凧が役に立たないことはわかっていた。
弟の話を聞いても納得がいく。
だけど、恥も外聞もなく三郎のためにあり合わせのもので何とかしようとした母を思うと、笑えない。

その日の夕飯のとき、三郎の口から凧あげの話が出るだろうと思っていたけど、三郎は好物のおでんとテレビのアニメに夢中で凧のことなんてどこかに飛んで行ったみたいだった。

夕飯の後、母が心配そうな目で僕に聞いてきた。

「今日凧あげやったろ。どげんだったか知っとるね」

「知らん。見とらんけん」

と答えた。僕の口からは言いにくい。
ここは三郎からきちんと話すべきだ。
凧を作ってくれた母に対して。

「三郎が話すと思う」

その日、結局三郎の口からは凧の話は出なかった。

その翌朝、布団の中で三郎が嬉しそうな顔をして言った。
目覚めたときはいつもフニャフニャしているのだが、その朝はやけに快活だった。

「兄ちゃん、夢ん中でね」
「うん」
「夢ん中で、母ちゃんの凧が高く高く飛んだとぞ!他の凧よりもっともっと高く飛んだとぞ」
 三郎は手を大きく上にあげて表現した。

「そげん夢見たとか。じゃあ、その通り母ちゃんに言え。高く高く飛んだと言え」
「うそば言うとや」
「うそじゃない。夢ん中では本当だろが」
「うん。わかった」

三郎は布団から飛び出ると、台所に走って行った。

三郎なりに凧のことをどう言おうかって悩んでいたのかもしれない。
でなければ凧の夢なんて見るわけがない。
昨日だって、言いたかったけど言えなかったんだろう。

カーテンを開けると、冬の快晴だった。
青空に、母の凧が一瞬見えた気がした。


凧.jpeg


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