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大根おろしかけごはん [感動]

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バラバラ!と窓が音を立てた。
猛烈な吹雪だ。

天気予報でも新潟県全域は暴風雪という予報だった。
窓は二重になっていて外の様子はうかがいしれないが、断続的に窓に衝突してくる雪の音から想像するに、外は相当吹雪いていると思われる。

今日が土曜日でよかった。
この吹雪の中、30分も歩いて職場に行けるものか。

東京から新潟県の柏崎市に赴任してきて2ヶ月になる。
日本海側の冬のすごさを知ったのはそれが初めてではないが、ここまでひどいのは初めてだろう。アパート全体が揺れているようにも感じられる。

私がつとめる会社は情報サービスを営むIT企業だ。
柏崎市の某金属メーカーの生産管理システムを構築し、稼働後は保守と運用を請け負い、SEを一名常駐させていた。2ヶ月前、その社員が体調不良を理由に退職した。

もうじき契約も切れることであるし、交替要員は不要、今後は自分たちでシステムを回すと顧客は言ったが、我が社は契約継続を強く提案した。おりしもバブルが崩壊した危機的な時期だった。しがないIT企業としては少しでも売り上げがほしい。

交替要員として白羽の矢が当たったのは私だった。
部長は私を会議室に呼びつけると
「牛尾、悪いが明日から柏崎に行ってくれ」
と命令した。
「何日間でしょう」
「一年だ」

現地のSE退職の話と要員再投入の話を簡単に聞いた。

「私にはあの会社のシステムの知識がありません」
「現地で学べ」
「急に言われても困ります。東京のアパートはどうなるんですか」
「とりあえず行け。引っ越しはあとからゆっくりやればいいだろう」

独り身とはいえ慣れ親しんだ東京を離れるのは覚悟がいる。
「本当に一年間ですか」
「間違いない。客もそのくらいしか継続する気がないらしい」

ひどい人事だと思った。
こんなその場しのぎの人事が許されるのか。
当事者が退職を申し出た時点で対策を打つべきではなかったのか。
人を入れるなら入れるで、もっと戦略的に準備すべきだったのだ。

前任者が住んでいた会社の借り上げアパートには、とても引っ越してくる気にはなれなかった。6畳一間の1K。東京のアパートは1DK。荷物をすべて運び込むことはできない。
それに一年程度の滞在。
私は長期出張と考えて、二重生活を決意した。
東京には月に二度ほど帰った。

客は冷たかった。
特別な付加価値や過剰な即戦力を私に要求した。
いらないというのに入ってきたのであるから、それなりの仕事をしてもらうという論理だったが、それはほとんどいじめに近いものがあった。

「このくらいのデータ移行作業はせいぜい半日で終わらないとまずいよね。前任者は一日もかかってた」
「この製造指示エラーのアラートを出すタイミングが変だ。早急に見直して新しい仕様を提案してくれ」

着任してすぐ、そう指示された。

無理だ。

中身を何も知らないのにそんなことができるか。

それでも休日返上でがむしゃらに働いた。
自分だけが頼りだった。

あれから2ヶ月。
仕事はなんとかこなしているが、人への不信感が日々募った。人を道具としか見ていないうちの会社。無理だとわかっているのにあえて難題をふっかける客。

必要以外客と会話しなかったし、本社への報告もいっさいしなかった。
この仕事で失敗して解雇されてもかまわない。
むしろ解雇されたい。
そう思っていた。


時計を見ると16時だった。
外は吹雪だが、そろそろ夕食の弁当を買いに行かなくてはならない。

車を持っていないので、徒歩でスーパーまで行く。
スーパーまでは片道20分もある。
この冬の嵐の中、往復40分の徒歩が果たして可能だろうか。
しかも帰りは弁当持参ときている。

厚着して帽子をかぶり、傘を持って外に出てみた。
いきなり顔面に風と雪が来た。

世の中に横に降る雪があることを初めて知った。
日本海側から吹き付ける強風に乗って、雪が地面に平行に飛んでいく。
世界は銀色で、何もかもが雪の中にあった。
電線がゆれ、不気味な音を立てる。

−この中を歩くのか−


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傘をさし、前屈みの姿勢でもたもた進んだ。
風はいろんな角度から自在に襲ってきた。
そのつど傘の向きを変え、傘の骨を守る。

珍奇な通行人を弄ぶように。四方八方から風と雪が襲いかかる。
前が見えない。
どこが歩道なのかもわからない。

道路中央に一定間隔で消雪パイプがはめ込まれてあり、そこから雪を溶かすための水が放出されているが、その位置から相対的に歩道を探すしかなかった。
足下を誤ると溝に落ちるので慎重に歩く。

ビューーーーッ!!

思いがけない方向からとんでもない風雪が来た。
ついに傘が反対にめくれあがり、もとに戻そうとするがもはや不可能。
またたく間に骨が何本か折れた。

−もうだめだ。これ以上進めない−

退却を決めた。
アパートから外に出て5分とたっていなかった。

傘をささず、雪まみれになってアパートに帰り着いた。
その様子を同じアパートに住む中年女性が窓から見ていた。
たまに見かける女性で、夕方になると出勤する。
夜の仕事をしている人だとは思っていた。

破壊の跡から、改めて暴風雪のすさまじさを知った。
すでに使い物にならなくなったその傘を、台所の隅に放り投げた。

−当面の問題は食糧をどうするかだ−

カップラーメンの類なら何個かあるからそれでしのぐことはできる。
こんなことなら炊飯器を買っておけばよかったと思った。
自炊する気がないので買わなかったのだ。

日が暮れても吹雪はおさまらなかった。
暗くなると、さらに不気味になった。

ノックの音がした。

扉を開けると、さっきの中年女性だった。
派手で大きな目が、私を覗きこむように見た。

「今晩、食べるものあるの?」
「お恥ずかしながら。カップラーメンくらいです」
「これ、どうぞ」

小さな炊飯器だった。

「炊き立てよ、2合炊いたから明日の朝まで食べれるかな」
「そんな、いいんですか?」
「この雪の中じゃ車でも移動は難しいのよ。あんた無謀よ。それからこれ」

 皿の上に何かが乗っていて、ラップしてある。

「こんなものしかないけど」
 と笑う。
「私ね、仕事前に大根おろしでご飯を食べるのよ」
「ご飯に、大根おろしですか?」
「これ食べるとね、元気になるのよ」
「これからお仕事ですか」
「そうだよ。東本町の『つかさ』。今度気が向いたら寄って。
 炊飯器さ、扉の前に置いといていいからね。じゃあ急ぐから」

商売柄かもしれないが、人なつっこい女性だった。
しかし恩を売って何かを得ようみたいな下心は少しも感じられなかった。
女性の目は、とても和やかだった。
純粋な優しさをもらった気がした。

お言葉に甘えた。

ご飯は温かく、美味しかった。
こんな温かいご飯を食べたのは何年ぶりだろう!

大根おろしも口にしてみた。
大根おろしをおかずにごはんを食べるなんて聞いたこともないが、けっこういける。
ご飯の甘みと、大根の苦みのコントラストがいい。

ご飯にかけて食べてみた。
うまい!
感無量だった。

だんだんと胸が熱くなってくる。
目頭も熱くなってくる。

嫌な人間もいるが、すばらしい人間もいる。
そんな当たり前のことを、今さらのように実感した。

鼻水をすすった。

それから客に嫌みを言われながらも、懸命に仕事した。
嫌なことがあったら、あの日の大根おろしかけごはんを思いだした。

春、夏が過ぎ、秋になった。
あれから一年。いよいよ東京に戻る時期が来た。

部長が私を東京に戻す段取りをつけに柏崎に来た。
部長は顧客との打ち合わせを終えて会議室から出てくると苦笑した。
私にかけた言葉は思いがけないものだった。

「あと半年がんばってくれないか」

「牛尾さんはとてもよくやってくれている。できればもう少しここで色々教えてほしい」
と頭を下げられたらしい。

悪い気はしなかった。

柏崎二度目の冬が間近だった。


大根おろし.jpg


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