私、お父さんの娘だから [感動]
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朝の洗面所は気を遣う。
「ちょっとごめん」
と言って歯ブラシに歯磨き粉を付ける。
しかもなるべく素早く終える。
いったん居間に戻り、歯を磨く。
今朝は時間がかかっているな、と考えながら。
そしてまた洗面所に戻る。
「ちょっとごめん」
口をすすいでペッと吐く。
こちらはなかなかスピーディにはできない。口の中にたまったものを吐きだすには絶対的な時間が必要だ。娘の刺すような視線を背後に感じながら、着実に口をすすぐ。
「ごめん」
無言の娘を尻目に、洗面所を出る。
15歳になって、娘の髪の手入れ時間が長くなった気がする。
朝夕20分くらいずつかけている。
中高一貫の私立女子高に進学したせいで高校受験がなく、
気分的にも余裕があるのかもしれない。
髪が気になる理由はよくわからない。
共学の学校であれば理解できる。
異性の視線を意識することもあるだろう。
しかし女ばかりの世界でなぜ髪にこだわる必要があるのか。
妻の話では、お互い切磋琢磨して綺麗になる努力をしているのらしい。
競い合い、刺激し合って自分に最適な髪を作るのだとか。
娘は髪に気を遣い、私は娘に気を遣う。
そんな朝の慌ただしひとときが最近ずっと続いている。
ところで娘は自分の髪に大きな不満があるようだ。
くせ毛なのだ。
天然パーマとも言う。
私もくせ毛なので理解できるが、くせ毛は自分の思い通りにならないという欠点がある。
まっすぐに流れてほしいのだが、微妙に曲がる。
右にウエーブしてほしいのだが左に曲がる。
毛先が曲がっているから、伸びてもいないのにボリュームのある髪に見える。
伸びてくると膨らむ。
湿気が多い日は縮れ加減が顕著になる。
娘は私の毛質に似たのだろう。
私は45歳を過ぎたころ、いい加減髪の手入れが面倒になって丸刈りにしたが、
娘はそうはいかず、日々ドライヤーを手に格闘している。
「ああ、ストレートの子がうらやましい」
とときどきため息を漏らす。
私立学校なので校則が厳しく、パーマの類は一切禁止だ。
パーマとは、プロの手で髪の毛に人工的な手をくわえること全般をさす。
直毛を縮毛に変える一般的なパーマだけでなく、縮毛を直毛にする縮毛矯正も含まれる。要するに自然毛を加工してはいけないのだ。
みかねた母親がヘアアイロンを買い与えた。
それで多少はまっすぐになるが、完全ではないし、髪を洗えば元にもどる。
朝夕の手入れ時間が長いのは多分アイロンを買って以来だ。
「なんでそんなに髪にこだわるんだ」
そう妻に言ったら、
「あなたも女の子に生まれ変わったらわかりますよ」
と言われた。
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女性の髪の毛への執念には凄まじいものがある。
そのことを如実に示す出来事があった。
ある日曜日のことだ。
美容室から戻った娘が居間のほうにまっすぐ歩いていった。
私は寝室で寝転がって本を読んでいたが、足音で不機嫌なのがわかった。
どうやら泣いているようだ。
気になって居間に行くと、妻が娘の横で話し相手になっている。
女同士にしかわからないようなことを小声で言い合っている。
中に入り込んでも何の手助けにもならないとは思ったが、
「どうした?梓」
と聞いた。
「もうそんな美容室行かなくていいからね」
と妻が娘に強く言った。
「なんて言われたんだ」
「くせ毛は思い通りにならないから、そのスタイルにはできないって言われたんですって」
そんなことか。
美容師の言う通りじゃないか。
何を泣く必要があるか。
「くせ毛を逆利用して、その人に合ったヘアスタイルと提案する方法だってあるのよ。
それが美容師の仕事だと思うんだけど」
と妻が娘の髪を撫でた。
「でも梓はストレートのロングがいいと言ったんだろ?美容師はそれはできないと言った。それだけの話だろ」
すると娘が顔を上げ、私をにらみつけてヒステリックにこう言った。
「お父さんがくせ毛だから私もくせ毛になっちゃったのよ。お父さんの娘だからこんな目に遭うのよ。どうしてくれんの?」
「梓、何てこと言うの」
と妻。
娘は興奮しながらも失言と思ったのか、一瞬悲しそうな目で私の反応を待ったが、私が何も言わなかったので、自室に向かって早足で歩いて行った。
「年ごろなのよ。難しい時期ね」
父親のせいで自分がくせ毛。
どうしてくれるんだ。
そんな風に言われたのは初めてだった。
娘の部屋の前でこう言った。
「梓、さっきはごめん。お父さんな、髪の毛については何もしてあげられない。
それは生まれつきのものだから仕方ない」
娘は何も返さなかった。
その娘が髪をバッサリ切ったのは高校生になってからだった。
悪戦苦闘したセミロングは面影もなく、さっぱりしたショートのボブスタイルになっていた。
「その髪型、なかなかいいじゃない。梓にピッタリだわ」
本当かどうかわからないが、妻がそう言った。
娘は髪だけでなく、顔もさっぱりしていた。
「私ね、がむしゃらに勉強することにした」
「髪は限界があるからもういい。でも勉強には限界がないわ。頑張れば頑張っただけ成果も出てくるし。それに私、努力するの嫌いじゃないから」
「そうなの。梓すごいわね」
悩んだ挙げ句の決意なんだろうと思った。
ぎりぎりまで理想の髪を追いかけた者にしかできない方針転換だと思った。
私が丸刈りにしたのとはレベルが違うような気がした。
そのあと娘が私を見上げた。
「お父さんも努力家だから私も努力家になれると思う。・・・私、お父さんの娘だからね」
一歩成長したな、と私は思った。
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2015-06-01 23:24
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