クラスメイトの意外な一面 [感動]
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小さい頃からおじいちゃん、おばあちゃんが大好きだった私。
近所のお年寄りとの触れ合いが楽しみのひとつだった幼少時代。
自然と将来の夢は「介護の仕事」という方向に向かいました。
介護がどんな仕事なのか、それはなんとなくの想像でしかありませんでしたが、自分が考えているよりも厳しいものであろうことは理解していました。
それでもその道に進みたいと言う意思は変わらず、高校卒業後は地元を離れ、専門学校で介護の知識と技術を学ぶことを選んだのでした。
初めて親元を離れての生活、見知らぬ土地、使い慣れない標準語…。
小さな田舎町で育ってきた私にとって、どれもこれも初めてのことです。
それでも将来の夢へ向かっての第一歩だと思うと、すべてが自分の糧となるのだとも思えました。
専門学校での授業は楽しくもあり、また、同時に大きな戸惑いも与えるものでした。
中でも私が一番戸惑ったのは「手話の授業」です。
なぜかと言うと、授業の中身うんぬんではなく、講師の先生が実際に耳の聞こえない方だったからです。
60代の男性で、小柄で優しそうな先生。
一見、耳が聞こえない風には見えません。
ですが、幼い頃に聴力を失ったというその先生はやはり独特の喋り方で聞き取りづらいことも多く、初めの頃は真面目に受けていたクラスメイトたちも、授業が進むにつれて態度を崩し始める生徒が出てきました。
なんせ先生は耳が聞こえません。
私語をしても注意を受けることがないのです。
時には大きな声で平気で会話をする生徒たちもいました。
そんなクラスメイトに注意することも出来ない自分が嫌になることもありました。
中でも目立ってふざけていたのがTくんとWくんのコンビです。
この二人は服装も髪型も派手で、「なんとなく友達が受けると言ったからこの学校を受けてみた」という、動機もあやふやな二人でした。
簡単に言ってしまえば「不良」といったところでしょうか。
介護とイコールにならないような人たちだと思っていました。
車椅子で遊んだり、介護用のベッドで昼寝をしていたり、毎日真面目に来ていることが不思議なくらいの二人。
その彼らが手話の授業中も一番ふざけていました。
先生が黒板に向かうために背を向けると大騒ぎ。
平気で席を立つこともありました。
気付いているのかいないのか、先生は淡々と授業を進めていきます。
そんな先生が、失礼ながらとても不憫に思えてしまいました。
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耳が聞こえないことをいいことに、平気で遊んでいるTくんとWくんに対して腹立たしい思いでいっぱいでした。
なぜこんなふたりがこの学校にいるのか理解に苦しみましたし、介護が一番似合わない二人だとも思っていました。
そんなある日、休日を利用して街中へ買い物に出かけた時のことです。
日曜ということもあって大賑わいの市内。
普段あまり出歩くことがなかった私は、田舎町出身ということもあってかすぐに疲れてしまい、近くのカフェで休憩することにしました。
天気も良かったのでテラス席でコーヒーを飲みながらふと周りに目をやると、見覚えのある顔を見つけました。
手話の講師の先生です。
なんだか戸惑いの表情を浮かべながら道行く人に声をかけています。
ですが、先生の言葉はとても聞き取りづらく、立ち止まる人は皆首をかしげて通り過ぎるか、立ち止まってもすぐにその場を去ってしまう人がほとんどのようでした。
道にでも迷ったのか、先生は手にした紙を時々見ながら困り果てた表情をしています。
助けに行かなければ。
そう思って席を立とうとした私でしたが、そこで、先生に近付く二人に気が付きました。
TくんとWくんです。
見るからに柄の悪そうな風貌で、クラスメイトでありながら少し引いてしまいました。
同時に、困っている先生に何かするのではないかという不安がこみ上げてきました。
慌ててその場に向かおうとした私でしたが、そこで意外な風景を目撃したのです。
なんと、Tくんが流れるような自然な様子で手話を始めたではありませんか。
隣のWくんは、先生の肩に優しそうに手を置き、私が覚えている数少ない手話のひとつである「大丈夫?」という仕草をしているのが分かりました。
硬い表情だった先生が柔らかい笑顔になったのを見て、なんだか涙が出そうになりました。
あの二人…。
その光景に、今まで自分が彼らの表面しか見ていなかったことを知り、物凄く恥ずかしい気持ちになりました。
私もまだおぼえていないような手話を使い、先生とコミュニケーションをとっているTくん。
傍らでずっと先生の肩を優しくさすっているWくん。
その二人の柔らかい表情。
彼らが介護の学校に居ることが理解できなかったそれまでの私でしたが、偏見の目で見ていた自分自身が考えを改めなければならないと考えさせられました。
翌日の彼らの授業態度は、いつもとなんら変わりませんでした。
相変わらずふざけてばかり。
それでも、私はそんな彼らに対して親しみを込めた目で見ることができるようになったのでした。
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