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介護の現場にて [感動]

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私は長年介護の仕事に就いてきました。
今はその業界から離れ大分たちますが、今でも介護をしていた時のことを様々思い出します。


介護の現場は日々いろんなことを学べるところです。
と同時に、常に死と一番近いところにあるとも言えるのではないでしょうか。
介護は、自分の倍以上生きてきた「人生の先輩」の生活上の手助けをする仕事です。
慣れるまでは戸惑いの連続、ためらいの連続です。
顔を背けたくなるようなことも多々ありました。
離職率が高いことで有名な仕事ですが、実際介護の現場に身を置くと、そのことが本当によく分かります。
報われないな、と思うことも多く、自分のスキルの低さ、経験の少なさを痛感させられることで落ち込んでしまうこともしょっちゅうなのです。


これは、私がまだ介護の専門学校に通っていた頃の話です。
授業の一貫として、それぞれの施設で介護実習を受ける期間が設けられるのですが、私の実習先はとある特別養護老人ホームでした。
初めての実習という事で初日から緊張でガチガチの私たち。
教科書や授業で頭に入っていること、練習してきたことが、実際に入所者相手にするとまったくうまくいかないのです。
オムツもうまく交換できない、食事介助では咽させてしまう。
着衣交換の際は「痛い!」と怒られてしまう。
毎日毎日疲労と気疲れでヘトヘトでした。


そんなある日のこと。
朝の掃除で各部屋を周っていた私。
あるベッドの女性が、ベッドサイドにナースコールを落としてしまっていることに気付きました。
これでは不便だろうと思い、枕元にそっと戻しました。
その部屋を後にしようとすると、「がしゃん!」と音がして、振り返るとまたそのナースコールが下に垂れ下がっているのです。
もう一度そのベッドに近付き、ナースコールを戻そうとすると、ベッドに横になっている女性の利用者さんが物凄い形相で私を睨んでいるのです。
この女性Sさんは、失語症で話すことが出来ません。
その為、声の変わりに表情で意思疎通を図ろうとするのです。
その時のSさんは、あきらかに私を怒っている様子でした。
正直、その表情がとても怖かった私。
逃げるようにその部屋を後にしました。


後で職員さんにそのことを伝えると、Sさんは自分が使いやすいように、いつもわざとナースコールを下に垂らしておくのだそうです。
それを知らずに枕元に置いてしまったことがSさんを怒らせたのでしょう。
申し訳ないことをしてしまった、と反省しましたが、あの時のSさんの顔がどうしても忘れられず、以降自然とSさんを避けるようになってしまいました。
話をすることが出来ない利用者さんを相手にすることにも躊躇いがありましたし、自分の中には「どうせ一ヶ月と言う実習期間だけのことだから」という逃げの気持ちがあったのだと思います。
結局Sさんとは関わることがないまま、最終日を迎えました。


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最終日は実習生担当の職員さんたちを交えての反省会がありました。

学生ひとりひとりが反省と感想を述べ、代表の職員さんが講評するのです。
そこで、なんと私は、学生の中でただ一人だけ、「何も褒めるところがない」と切り捨てられてしまったのです。

「あなたは介護には向いていない。今のうちに違う道を探したほうがいいのではないか」と、冷たく言い放たれてしまいました。
他の学生たちは未熟ながらもあんなところが良かった、ここが評価できたと、なんらかの褒めるポイントがあったのですが、私にはそれがまったく無いと言うのです。


あの時の私のショックは相当なものでした。
なぜ私だけがあんな言い方をされなければならないのか。
ひとつもいいところがなかったなんて言い過ぎではないのか。
一人の学生の未来を一ヶ月で見限ってしまうのか…などなど。

怒りと悔しさと、疑問ばかりが頭の中をぐるぐるめぐりました。

そして気が付くと、私はなぜかSさんの部屋の前に来ていたのです。


これでもう会うことはないのだから、最後に顔だけ見ていこう。
そう思った私は、そっとSさんのベッドに近付きました。
私に気が付いたSさんは、無表情に私を見つめます。
なんとなく投げやりな気持ちで、「Sさん、今日で私の実習は終わりなので、ご挨拶にきました。」と話しかけると、Sさんがパッと表情を変え、優しい顔で大きく何度も何度もうなずいてくれたのです。
それは「お疲れさま」と言ってくれているのだと、私にも伝わりました。

思わず、私は泣きながらSさんに謝ってしまいました。
うまく出来なくてすみません、何も出来なくてすみませんと。
その度にSさんは笑顔でうなずいてくれました。


その時ようやく私は、職員さんに「違う道を探したほうがいい」と言い放たれた意味がわかりました。

私は一ヶ月ずっと逃げ腰で介護をしていたのです。
怒られるのがいやだから、面倒なことがいやだから。

一ヶ月過ぎ去ってくれるのをただ待つだけの日々。
そんな私の態度を見抜かれていたのでしょう。

そのことに気付かせてくれたのが、言葉を持たないSさんだったのです。

その時の経験は、私の中にずっとずっと残りました。

学生時代を終え、数年間介護の現場に身を置き、何かにつけてその時のことを思い出してきました。
介護は単なる身の回りのお世話だけでは済まないのです。
相手の心に寄り添い、気持ちを汲み上げ、傾聴すること。

そこには、それぞれの人間関係が成り立つのです。
相手が認知症であっても、体が不自由であっても、尊敬と尊重の気持ちを持つことが大切なのだと、今でも思っています。


ナース.jpg


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