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私たちの救世主 [感動]

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私が生まれ育った町は、「町」というより「田舎」と言ったほうがしっくりするようなとても辺鄙なところでした。
見渡す限りの田んぼに周囲を囲む山々。
隣の家まで数分歩かなければならないようその町が、幼い私にとってはすべてでした。


そんな私が通う中学校は、木造の古い造りのなんともレトロ感漂うような校舎でした。
冬は窓ガラスの隙間から入りこむ冷気と雪を遮断すべく新聞紙が詰め込まれます。
夏は都会と比べると比較的涼やかではあるかもしれませんが、すぐそばの山から飛んでくる虫の恐怖が待っています。
避暑地と言われれば魅惑的かもしれませんが、現地に住む私たちにとってはなかなか厳しい現実がたくさんあるわけです。


そんな私達のクラスには、少し風変わりな男の子がいました。

名前をKくんといいます。

運動もだめ、勉強もだめ、何をするにも人の二倍、三倍時間がかかっていました。
時々、ひとりで「チャンバラごっこ」をしていたり、グラウンドを猛ダッシュしていたり、「?」 と思うような行動をとることが多く、いつも男子にからかわれていました。
それでもニコニコ笑っているばかりで、それが余計に男子の癇にさわるようでした。
女子は女子でKくんとは極力関わらないように勤め、「危うきには近付かず」という態度をとっている子がほとんど。
私もその中のひとりでした。
子供は時々、大人より残酷だったりします。

それでも、Kくんはどんな時でも笑っていましたし、いわゆる「自分の道」を歩いていました。


私達の学校は、毎年秋になると「校内合唱コンクール」が行われていました。
学年ごとに「課題曲」と「自由曲」の二曲を歌います。

なぜか毎年この合唱コンクールは私達の闘志にメラメラと火をつけます。

他のクラスには絶対負けたくない!と、毎日遅くまで練習を重ねるのです。

各クラスにひとりはピアノが弾ける子がいますので、なんとなく毎年同じ人がピアノを弾く役割を担います。
ピアノを弾くことが出来ない私は、いつもその子達を羨望の眼差しで見つめていたものです。
流れるような指の動きと、ピアノの前に座る堂々とした姿は同い年とは思えない貫禄のようなものを感じましたし、何よりその様子は一枚の絵のように美しく思えました。
その人が織り成すメロディを壊さないように、私たちは歌を響かせよう!そんな風に思いながら練習に打ち込んでいったのです。


そんなある日、ずいぶん帰りが遅くなってしまった時のことです。
教室に忘れ物をしたことを思い出し、半分も来てしまっていた帰り道をUターンするハメになってしまったのでした。

急いで教室に入り、机の中を覗こうとしたその時。
かすかにピアノの音が聞こえてきました。

瞬時に「学校の怪談」を思い浮かべてしまったのですが、なぜか私の足は自然と音楽室へと向かったのです。
音楽室に近付くに連れて大きくはっきりと聞こえるその曲は、私達のクラスが練習している自由曲のあのメロディであることが分かりました。
しかも、とても流暢で、相手は先生だろうと思いながら覗いたその先にあった姿に、私は息を呑みました。

そこにいたのは、なんとKくんだったのです。


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その時の衝撃は、今でも忘れられません。
いつもの笑顔は封印され、見たことの無いような表情のKくん。

まるで別人でした。

そしてその指の動き。
今まで見ただれよりもなめらかで自由で、強弱の付け方、テンポの変化など、そのどれもが誰よりも優れているように思えました。
いつまでも聴いていたいような、誰にも話してはいけないような、そんな不思議な感覚でした。

そして私は、このことは誰にも言うまいと心に決めたのです。

なんだか、自分だけの宝物にしたいような気持ちでした。


合唱コンクールをあと数日後に控えたある日、予想もしていなかったような問題が起こりました。
ピアノ担当の生徒が肺炎にかかり、入院してしまったのです。
クラス内が急にざわめきました。
その人以外に、ピアノを弾ける人は居ないと思っていたからです。

私と、Kくんを除いて。


先生が代打で演奏することも出来るけれど、そうした場合は大きく減点されてしまいます。
今まで真剣に打ち込んできただけに、減点は最小限にとどめて優勝を手にしたい、皆その思いでした。


ですが、どうすればいいのか。


だれもが途方に暮れています。
ふと、Kくんの方に目をやると、Kくんは相変わらずニコニコへらへら…。

なんだか、無性に腹がたってしまいました。

演奏出来るくせに、皆がどれだけ頑張ってきたか知っているくせに。
私はKくんの腕を掴んでぐいぐいとピアノの前に引っ張っていきました。

そして一言だけ「弾いてください」と言いました。

皆、言葉も出ない様子で私たちを見ています。
自分の顔がほてっているのが分かりました。
自然と目には涙が溜まってきました。


ゆっくりと椅子に腰掛けたKくん。
次の瞬間、あの時のようにピアノを弾き始めたのです。


「えーーーっ!」
「マジで!?」
と、誰もが声をあげました。


ざわざわとしたざわめきが徐々に静かになり、その場にいた全員がKくんのピアノに引き込まれました。

静かに弾き終えたKくん。

自然と拍手が沸き起こりました。
そして、誰からとも無く頭を下げ始めました。

「お願いします、ピアノを弾いてください」いたるところからそんな声が聞こえてきました。

私もKくんに向かって頭を下げました。
するとKくんは、いつもと変わらない様子で、悩むこともなく「いいよーー」と言って笑ったのです。


合唱コンクールの結果は、見事に学年優勝、全体優勝、そして、Kくんは伴奏賞をもらいました。

その賞状を、Kくんは帰り道で丸めてチャンバラごっこに使っていました。
そんな様子を見て、もう誰もKくんをからかったりすることはありませんでした。
その日から、Kくんは私達の救世主となったのですから。


ピアノ.jpg


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