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捨てられた命の重さ [感動]

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ペットは私たちにとって素晴らしいパートナーであり、かけがえの無い家族であり、とても身近な存在です。
私の家ではずっと猫を飼い続けていました。
猫が生活の中から途切れたことはなく、そのほかにもハムスター、金魚、ウサギ…。
たくさんの動物と触れ合いながら生活してきました。


ある日、父の友人が活動している「動物保護団体」の譲渡会に行くことに。

保健所から引き取って保護している犬や猫の里親を探したり、世話をしている団体で、父も時々その活動を支援しているようでした。
その団体が定期的に開催している譲渡会、以前から興味があった私はこのタイミングに是非連れていって欲しいと父に頼んだのでした。

足を運んだその先には、たくさんの犬や猫たちがゲージの中で私たちを待っていました。

まだ小さい子猫、子犬から成犬、成猫まで、種類も雑種のみならずおそらく血統書つきだろうと思われるような子まで、実に様々でした。
ホワイトボードには、その場に連れてこられなかったであろう子達の写真や情報がたくさん掲載されています。
私が知らない現実が、そこでとてもリアルに感じられました。


ゲージに入れられている子達は眠っていたり、元気そうにくるくるまわっている子もいましたが、隅のほうで不安そうに小さくなっているような子もいました。


そんな中、私が目を引かれたのは、ある白い子犬です。
少し広めのゲージにそっくりな白い二匹の子犬の姿。
片方は、人々に向かってキャンキャン吠えているのですが、もう片方は少しビクビクした様子で上目遣いに行きかう人たちをみています。
なんとなくその様子が気になってその場から離れずに居ると、父の友人のKさんが挨拶にきてくれました。

Kさんはとても優しそうな女性で、この団体の責任者でもあります。
なんとなくこの白い子犬たちのことを聞いてみると、おそらく兄弟らしく、二匹一緒に捨てられていたのだそうです。
片方は凶暴な面もありながら元気なのだそうですが、もう片方は常に何かを怖がっており、職員にもなかなか心を開かないのだとか。

おそらく男性に殴られたことがあるようで、男性職員がふと手を動かすだけでビクッと体を硬くし、しばらく震えているのだそうです。
そんな状態もようやく落ち着き始め、この子にとっては初めての譲渡会なのだとか。


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なんだかどうしてもこの子のことが気になり、その日以来、都合をつけて会いに行くようになりました。

私の家にはすでに猫が二匹いましたので、飼ってあげたいけれどそれは難しいのです。
父には情が移るからむやみに行くものではないと注意されましたが、あの日の様子がいつも胸のどこかにひっかかっているようで、なんだかいてもたってもいられないような気持ちだったのです。

私にも何か出来ることはないだろうかと、少しずつ学校でも声をかけ始めました。
友人たちも賛同してくれて、一緒に情報を拡散したり、休みの日にはその団体のお手伝いとして小屋やゲージの掃除、餌やトイレの始末などをさせてもらいました。

お手伝いをさせてもらっている間も、やはりあの白い子犬たちが気にかかっていた私。

一緒に手伝いに来てくれている友人たちも、それぞれに気になる子が出来たようで、帰る前には必ずその子に声をかけて帰るというのがお決まりのようになりました。


その間、めでたく新しい飼い主さんに引き取られていく子もいましたが、悲しいことに外にでることなくその命を終えてしまう子もたくさんいました。
病気を抱えている子もおり、それが原因で捨てられたであろう子達がたくさんいたのです。

そのことは私たちに大きなショックを与え、同時に激しい憤りを感じさせました。
亡骸を見たときは、その子があまり関わりのない子であろうとも涙が出てきました。

人間の優しさを知り、その上で裏切られ、言葉を持たない彼らはここで何を思っているのだろう…。
その疑問は日に日に大きくなり、少しずつ、私の足はその施設から遠のいてしまったのです。


そんなある日、Kさんから連絡が入りました。
私が気にかけていたあの白い子犬が、今朝冷たくなってしまっていたのだそうです。

原因は分からないけれど、前日までは普段と変わらない様子だったと。
時々、私の知人たちが手伝いに行くと、誰かを探しているような素振りをみせていたということを電話の向こうで教えてくれました。

たぶん、いつも一番熱心に世話をしてくれていたあなたを探していたのではないかと。

そのことを聞いたとき、今までにないほどの大きなショックと後悔の念が私を襲いました。
私も、あの子達を捨てた飼い主と同じだったということに、ようやく気付いたのです。


命を預かることは簡単なことではなく、生半可な気持ちで情をかけることはとても愚かしいことなのだということ、その無責任さは捨てた人と同等だということに気付くのが、私は遅すぎたのです。
そんな意味で、あの子は預かった命の重さを私に教えてくれました。
生き物を飼うと言うこと、育てると言うこと、一緒に生きると言うこと。

一人ひとりの意識が変わることを祈りつつ、今も私はあの団体のお手伝いをさせてもらっているのです。


子犬.jpg


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タグ:ペット 感動
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