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妻のゴールデンウィーク [感動]

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妻が4月からパートで働きだした。
娘も私立高校に入学したことだし、家計の足しになればと考えたようだ。短大を卒業してしばらく信用金庫でOLをやっていたが、私と結婚してからは家庭に入った。働くのは17年ぶりである。

その妻が、例年になくゴールデンウィークがくるのを楽しみにしていた。
久々に仕事の現場に戻り、働くことの緊張と「休む」ことのありがたさを痛感しているようだ。大型連休を一日千秋の思いで待つ勤め人の気持ちを久々に思い出したか。

連休に入る2日前の夜、別室で仕事の調べ物をしていたら、妻が地図を持って入ってきた。表情が子供のように活きいきしている。

「前から行きたいところがあったんだけど」

 目の前で地図を広げた。

「秩父から山梨に抜けるトンネルがあるのよ。ここよ、ここ。6キロ以上もある長いトンネル。このトンネルを抜けるとすごくいい景色が広がってるんだって。そこに行ってみない?」
「トンネル通って景色見るだけなのか」
「道の駅もあるみたい」

 妻は景色を見るのが好きだ。道の駅で地元の新鮮な野菜に出会うのも好きだ。でもそれは妻の好みでしかない。私や娘のことは考えていない。

「水戸芸術館に行きたかったんだけどな」
「水戸お?・・・」
 少し怪訝な顔をする。
「そこで何やってるの」
「いろいろやってると思う。GWだから何かイベントがあるだろう」
「調べたの」
「いや」
「私はちゃんと調べたわよ。だから山梨行こう。今回は私が優先てことで」
 と私の肩をもむ妻。
「亜矢の希望もあると思うけど」
「亜矢はどうでもいいって・・・どこに行こうと、後部座席で宿題やるんですって」

ゴールデンウィークは秩父−山梨のトンネルに行くことに決定した。

5月3日は快晴で暑い一日になることが予想された。浦和から大宮経由で国道16号を川越方面にむかった。
川越まではスイスイのはずだったが、さすがはGW。車の流れがいまいち。ノロノロすることはないが、時速30キロ以上は出せない状態が続いた。今の段階でこれでは先が思いやられる。

だが妻はいたって上機嫌だった。
途中でパートの仕事の話になったが、グチの多い日頃の態度とは裏腹に、前向きな発言が目立った。

「何事も経験よ、経験」
「先週はそんなこといってなかったじゃないか」
「文句をいえばきりないもの。前向きにならないと働けないわよ」

川越に入ると少々ノロノロし、不意に止まることもあったが、何とか流れ、国道299号に入った。

日高市に入ると動かなくなった。
10メートルほど進んでは止まる。
完全に停止することもある。

「どうしたのかしら。事故かな」
「事故だろう。こんな中途半端な場所で渋滞なんてありえないよ」
「どこで事故なのかしら。いい迷惑ね」

時とともに渋滞ストレスがたまってくる。
快活に話していた妻も、だんだんと口数が少なくなり、ため息をつくようになった。

「もしかしてこの渋滞、秩父まで続いてるんじゃない」
 妻が腕を組んだ。

「ありえるな」

 羊山公園の芝桜がちょうど見頃だし、秩父には今の季節だからこそ楽しめるスポットがたくさんある。このGW、埼玉県民がこぞって秩父に出かけても不思議じゃない。「秩父渋滞」の可能性が濃厚になった。

あまりのノロノロ運転に亜矢も宿題を中断して身を乗り出して前を見た。
「まだ日高市だよね。まだ半分も来てないよ」

時計を見ると、家を出て2時間30分以上経過している。
いうまでもなく秩父は到達目標ではなく通過地点に過ぎない。
秩父から国道140号、つまり彩甲斐街道に入り、くねくねした道をつき進んで雁坂トンネル有料道路に入らねばならない。
単純計算であと2時間30分以上。

「なんでみんな秩父に行くのよ。いい加減にしてほしい」
 妻がふてくされた。


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ドライバーとして的確な判断をする時がせまっていた。
山道に入るとUターンが困難になる。
山梨行きを中止するのなら、そろそろ決断しなくてはならない。

亜矢がいった。
「行けばいいってもんじゃないよね。帰ってこなくちゃならない。普通に考えて、帰りも同じように渋滞するのは目に見えてるよね」
その女子高生は以外に冷静だった。

その意見に乗じて私がいった。
「戻ろう。行き先を変えよう」

予想通り妻は反発。

「やだあ・・・・戻るなんて」

顔がゆがんでいる。
この世の終わりのような顔。

「でもなあ・・・この状態で、本当に山梨まで行くのか?」
「なんかお腹すいた」
 と亜矢。
「僕も腹が減ったな」

「とりあえず何か食べる?」
 と投げやりな態度。

道をそれ、西武秩父線の正丸駅で車を停めた。
駅前に大きなトイレや食堂があった。
同じように渋滞で疲弊した人たちが一息いれていた。

その食堂で、冷やしそばを食べた。
食べているとき、ほとんど会話がなかった。
それから暑い車に戻ると、妻が降参した。

「狭山か、所沢に変更しようか・・・」
「どこ行くの」
「狭山といえばお茶の産地だね」
 亜矢がまた宿題を始めた。
「お茶の産地つってもな」
「いいや・・・とにかく狭山行ってみよう。なんかあるでしょう」
 妻が手鏡で口紅を直した。

そんなノープラン状態で方向転換しても失敗するのは目に見えていた。狭山に楽しそうなスポットが仮にあったとしても、この時期黒山の人だかりになっていることを計算にいれなければならない。狭山に行くのなら最初から狭山をターゲットにしなければならない。
計画的に進めなければ失敗する。
でもそのときは、他に選択の余地がなかった。
とにかく「狭山に行く」しかなかった。

車はスイスイ流れた。
私はあてもなく運転しているだけだった。
時計を見えると午後3時。
もう旅の失敗を宣言してもよさそうだ。

「だから水戸にすればよかったんだ」

そういってやろうと思い、赤信号で妻を見た。

妻は寝ていた。

顔をこちらに向け、口を少し開けてすやすや寝ていた。
その寝顔は決して安らかではなかった。
ぐったりした寝方だった。

赤信号の度に妻を見た。
見る度にかわいそうになった。

山梨の風景が見たかったんだろうな。
道の駅で新鮮な夏野菜を買いたかったんだろうな。
そのことを励みに時給850円の仕事がんばってきたんだろうな。
車の振動で、頭がリズミカルに揺れる。
その振動が心地よい刺激になっているのか、妻はなかなか起きなかった。せめてたっぷり寝かせてあげようと、スムーズな運転をこころがけた。

帰宅したのは午後5時頃だった。
結局狭山ではコンビニでアイスクリームを食べただけだった。
つまりその日は、長時間車に揺られ、冷やしそばとアイスクリームを食べて終わったのだ。

「ああ、疲れた。まいったわ、本当に」
 と妻がソファに横たわった。
「あなたも運転お疲れさま」

「でもさ」
 と亜矢。

「なにげに心地よい疲れになってない?。疲れ方だけは観光地帰りだよね」(笑)

亜矢が旅を締めた。

妻が少し間をあけてくすっと笑った。そして
「お風呂あがったら冷たいビールでも飲みましょうか」
とソファから立ち上がった。

意外に気持ちのいい顔をしていたので安心した。


家族.jpg


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