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母の日のお返し [感動]

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「お母さん、どんなものが喜ぶかしら」

GWに入ったある日、美子と二人で東京駅近所の百貨店に足をのばした。
美子は職場の同僚だが、その年の3月下旬に結婚を約束した仲だ。

美子は私の母への贈り物を考えているようだ。
連休が明けると、すぐに母の日が来る。

交際を始めたのは半年前。
人事異動で彼女がチームに加わり、意気投合した。
お互い30歳を過ぎており、最初から結婚を意識していた。

「私、結婚しても仕事続けたい人だから」

聞いてもいないのに、2度目のデートでそんなことをいった。

理系の大学を卒業し、システム開発の現場でばりばり仕事をする彼女。
人柄も良く、顧客からの評価も高い。順当にいけば管理職も夢ではない実力派女性である。

「城見さんと一緒にいると、気持ちがなごむんです」

彼女は私に癒しを求めているようだ。
かつての日本では、夫の疲れを妻が癒すという夫婦構造が一般的だったと思うが、
現代ではそうではないらしい。
家事を分担し合うのは当然のこと、お互いに癒し癒され合わなくてはならない。
夫婦は完全に平等なのだ。

ところで結婚を約束したといっても、結納や指輪を交わしたわけではない。
口約束だ。
だがそれで十分なのだと美子はいう。

「お互いの気持ちがしっかりしていれば大丈夫よ。結納とかエンゲージリングも大切なんでしょうけど、そんな形ばかりにこだわって安心するより、私はもっと深い信頼が欲しいの」

新しい夫婦のかたちがここにあるのかもしれない。
美子は婚姻届すら出さないかも。
さすがとそれはないと思うが、そんなことをまじめに想像したりする。

母の日ギフトコーナーを訪れるのは、もともと美子の計画にあったようだ。
大きな百貨店に行ってみたいというから、自分の服やバッグを見るのかと思いきや
そうではなかった。

「これも気持ちが大事なのよね。高いもの贈ればいいってもんじゃないわ」
「そうだそうだ。安物でいい。贈らなくてもいいくらいだ」

照れくささからそういったのだが、「贈らなくてもいい」といったのには明確な理由があった。

「結婚を約束したからよろしくだなんて、おままごとじゃあるまいし。物事には順番があるでしょう」
親に美子のことを打ちあけた日のこと、母が目をつりあげた。
母としては、ちゃんと段階を踏んで結婚の話をしてもらいたかったようだ。
恋人として紹介を受け、結婚したいむね相談を受け、息子の嫁にふさわしいか、自分の義理の娘として問題ないか見極め、先方の両親とも話をし、結納の席を設け正式に婚約。
そういう昔ながらの流れを期待していたようだ。

いきなり結婚を約束した女性の話をされても困るというわけだ。

「まあ、一番大事なのは当事者同士の気持ちだからな。雄一がいいというんならそれでいい」

父は寛容だったし、母に比べればまだ頭が柔らかい。
会社人としてはまだ現役であり、若い世代とも交流する機会があるせいかもしれない。

だが昔ながらのやり方で父の妻となり、爾来主婦として生きてきた母には、自分が経験した嫁入り作法以外ありえないと考えている。

「母さんはね、雄ちゃんの結婚、反対しないけど賛成もしないからね」
「おいおい澄美子。そんないい方するなよ」
 と父。
「理工学部を出て毎日コンピュータいじってる女に家事ができるの?」
 女なのに、女への偏見を持っている母だった。 

それから父と酒を飲んだが、
「可愛いひとり息子をよその女に奪われるのがお気に召さないだけだ」
と父が耳打ちするようにいった。

だから母の日のプレゼントが、今の母を喜ばせるとはとても思えない。
逆効果になる可能性もある。
「正式に」結婚するまでは、赤の他人でいたほうが無難な気もする。

美子が選んだのは帽子だった。
紺色でつばが広く、後部にケープがついているお洒落なデザインで、
いちおうブランドのロゴ名がついている。

値段は張るが
「私の気持ちだから」
と美子がいった。


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贈り物は彼女を自宅に招いた際、一緒に手渡した。

母は美子に軽く頭を下げただけで、ほとんど視線を向けなかった。
贈り物へのお礼も美子でなく私にいった。

「こんな素敵なお帽子、自分では買えないわ」

と私に満面の笑みをむけた。

美子がうつむき加減になった。
テーブルの下で、そっと手を握ってあげた。

母の日から数日がたった。

「私のこと嫌いなのかしら」

パブのカウンターでダイキリを傾ける美子。
酒は何でも飲むが、特にカクテルが好き。

「意地をはってるだけだ。君とはりあってるんだ」
「私とはりあう?」
「そのうち負けを認めて降参するさ」
「あのね・・・私ね。雄一さんのご両親と同居してもいいと思ってるのよ」

これには驚いた。
いまどき珍しい選択だと思う。
それだけ私を信頼し愛しているということか。

さっそくそのことを母に話した。
他でもない美子の意思であることも伝えた。

結婚したら同居してもらいたいようなことを昔いっていたから、
きっと喜ぶだろう思った。

しかし母は、口先をゆがめて

「ふんっ!・・・点数稼ぎね。その手には乗らないわよ」

とふて腐れたいいかたをした。

「お父さんも母さんもね。まだまだ元気で若いんだからね」

どこまで意地をはり続けるのだろう。

私の母に食べさせたい料理があるといい、美子が夕食をともにしたいといった。
何週間か前から料理の研究を始め、腕もだいぶあがったとか。
料理は不得意だが、楽しさがだんだんわかってきたとか。

美子を自宅に招いて、披露してもらうことになった。

「痛っ!」

包丁を流し台に落とす音がした。

「どうした?・・・大丈夫?」

左手の人差し指を切っていた。鮮血が指を伝った。

「気を付けないと!・・・・あわてて切るからそうなるのよ」

と脱脂綿と絆創膏を持ってきた母が注意する。

「すみません。最近怪我ばっかりで」
「ほかの指も傷だらけじゃない・・・」
「なれないもので」
「あわてたらだめよ、包丁は」
「すみません」

2週間ほどして、母から電話が来た。

母の日のお礼がしたいという。

「久しぶりに家族で温泉でもどうかしら。東北あたりに」

温泉は嫌いじゃないが、東京に美子ひとり残して東北旅行にでかけるのはいかがなものか。

「気持ちはうれしいけど」
「美子さんの都合も聞いておいて」
「え・・・・?いいの?」
「あの帽子、雄ちゃんが選んだとはとても思えないから」

私の家族に美子も加えて山梨県の温泉に一泊の旅をした。

母は相変わらず勝気な態度をくずさなかったが、
東京に戻る車の中で、美子にむかって話しかけた。
珍しく優しい口調だった。

「同居なんてばかなこと考えなくていいからね。あなたの本当の希望を優先させなさい」
「お母さん・・・・」

美子がハンカチで鼻の下をおさえた。

「それと雄一は放っておくと偏ったものばっかり食べるから。
美子さん、しっかりとお願いしますね」

家族が「正式に」一人増えた瞬間だった。


帽子.jpeg


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タグ:感動 結婚
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