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メッセージ [感動]







「ありがとう」

そういった彼女が忘れられない。

僕は、彼女の面影を追い続けている。
彼女と見た映画、彼女と結婚式で使った曲、
彼女の口癖、彼女の好きだといった色、季節。

僕にとって彼女は僕の一部で、
彼女がいなくなったことは僕の一部が永遠に切れたということだ。


僕は、この世で一番大事な奥さんを失った。

彼女と出会ったのは世に言う「飲み会」だった。
6年前、会社の同僚が組んだその飲み会で、一人少し遅れて参加した彼女に、
僕は文字通り一目惚れをした。

「すみません、遅れてしまって」

と本当に申し訳なさそうに言いながら、
偶然にも空いていた僕の席の横に彼女は座った。
何の変哲もないどこにでもある居酒屋の個室が、
とても華やいで感じたことを、今でも寸分の狂いもなく思い出すことができる。


僕は緊張のあまり口数が少なっていて、
同僚たちは僕のその態度に、一瞬で彼女を気に入ったとわかったそうだ。
僕は、ばれないようにしていたのだけれど。

無口なまま時間は過ぎていったので、僕はいつもより早いペースでお酒を飲んだ。
お酒というやつは、いつも僕を助けてくれる。
そしてそいつの助けを借りて、帰り際、僕は彼女に電話番号を聞いた。

そこから何度かデートを重ね、正式にお付き合いが始まった。
年齢も29と適齢期だったため、僕は初めから、結婚を前提に付き合ってほしい、とお願いをした。

うつむきながら彼女は「うれしい」と声を詰まらせながらいった。

そこから1年で、僕たちは夫婦となった。
体調が優れないという彼女の両親の近くで新居を構え、幸せな生活を送った。

結婚して丸2年が過ぎたころ、僕たちの間に命が宿った。

僕は、僕は本当にうれしくて、妊娠検査薬を照れながら見せる彼女を目いっぱい抱きしめた。
目から、今までに感じたことのないほどの優しい涙があふれた。
僕は、僕の生きてきた理由をそこに見つけた。


しかしある春の日、
外出先で彼女は突然、立っていられないほどの頭痛に見舞われた。

僕は仕事中で、病院にいる義母の電話で事態を知った。

知り合った当初から、偏頭痛もちであることは知っていたのだが、
それは偏頭痛ではなく、彼女は生まれつき、脳内の動脈と静脈がくっついていたのだ。

僕は仕事を切り上げ彼女の元へ走った。
電車の乗り継ぎがこんなにも遅く感じることはなく、
ただ日常をいつものとおり過ごしている人たちをとても疎ましく思った。

病院に着くと彼女は点滴を受け、眠っていた。
横になり、6ヶ月でふくらみのわかる腹を左手で守っているようだった。

医師からの説明は、開頭し、くっついている血管を摘出するといったことだった。
大手術になること、また、子をあきらめることを選択せざるを得ない、と
うつむく僕に医師は淡々と伝えた。


次の日、僕は彼女にその事実を告げた。
彼女は何度も何度も小刻みに首を左右に振りながら、何も言わず、ただ涙を流していた。
僕は彼女を守るため、必死に涙をこらえた。


そして、手術日が決まり、彼女の慣れ親しんだ髪型は、ばっさりと刈られた。
僕は、彼女を抱きしめていた。


手術の当日、彼女は僕に久々の笑顔を見せた。

「大丈夫。私だから。かわいいかつら買ってよ!」

そういって、彼女はベッドに寝たまま手術室へ向かった。
手術室へ入るぎりぎりまで、僕は彼女に付き添った。

「ご家族の方はこちらまでですので」

と看護師に言われ、僕は離したくない彼女の手を離した。

「がんばって、待ってるから」

と僕は自分に言い聞かせるように言った。

すると彼女は、目を瞑り、

「幸太、ありがとう」

と静かに言った。


だが彼女が戻ることは無かった。

手術中、思った以上に出血がひどく、そのまま、子とともに旅だったのだ。
僕は何の理解もできず、説明をする医師に、ドラマのような食い下がり方をした。

悔しさと憤りと、悲しさ。

とにかく悲しさで僕は常軌を逸した。

しかし日は経っていく。
再び一人になった僕は、毎日淡々と仕事をこなした。

定時で帰り、洗濯し、料理し、風呂に入り、寝る。
朝起き、食べ、着替え、仏壇に手を合わせ、駅に向かう。


季節は、秋になっていた。

秋の連休で社内がそわそわしている頃、
僕の同僚が僕にツーリングをしないかと誘ってきた。
2週間後の金曜日が僕の誕生日だったので、土日でどこかに行かないか、というのだ。


僕は今の職場につく前、バイクの修繕をする仕事をしていた。
バイクが好きで、好きでたまらないので、
どこか具合のよくないバイクをこの手で直したいと選んだ仕事だった。

しかし結婚を考えていたので、僕はもっと安定した営業の仕事に挑戦した。
結婚したら家族が一番になる、と僕は今の職場に転職した。

そんな話を彼女にしたとき、
バイクやめなきゃよかったのに、と僕をからかって笑った。
本当は、ほっとしていたのに。


そうしてバイクから遠ざかっていた僕は、
もう乗ることもない、
と弟にバイクを譲っていたので、同僚からの誘いは丁寧に断った。


しかし同僚はそこから数日間、僕を誘った。
気を使ってくれたのはわかったが、しつこい、と思うほどだった。










そうして誕生日になった。

仕事を終え、帰宅をするだけなのだが、誰かと飲むのも気が進まなかったので
なんとなく、一人で飲んで帰ることにした。


初めて入る駅前のバーで、僕はめったに飲むことのないウイスキーのロックを頼んだ。
カウンター15席ほどの小さな店。
カウンターには僕以外、仕事帰りであろう30代半ばの女性が一人でビールを飲んでいた。
寡黙なバーテンダーは、僕にもその女性にも話しかけることもなく、
ただ、ジャズと氷の解ける音だけが心地よかった。


すると、僕の携帯電話がメールの着信を知らせた。
仕事柄、パソコンのメールを携帯に転送しているため、遅くでもお構いなしにメールが届く。


後輩からのメールだった。
昼間の失敗を詫びるメール。

なんだかむなしくなって、メールを閉じようとしたとき、
迷惑メールがなんとなく気になりボックスを開いた。


そこには見慣れない薄汚い言葉の羅列があり、
あほくさい、とタイトルを見ていると

「千佳様より誕生日カードが届いています」

というタイトルがあった。

千佳は、僕の奥さんの名前だ。


何で?


と思いながらそのメールを開いた。


URLをクリックすると、小さなボックスが現れ、
その箱からメッセージカードが出てきた。



「お誕生日、おめでとう。

これを読むとき、私はそばにいるのかな。。

今日は、5月20日。

倒れてから3日目の朝。

早急に手術が必要なんだって。

あ、知ってるよね(笑)。

後遺症の事を聞いたの。

ごめんね、もしも今まさに幸太に迷惑をかけてたら。

それにごめんね、もし、今私がいなかったら。


ねぇ幸太、

約束してほしい。


私が、いなくなったら、

いや、いなくはならないんだよ、
どんな形でも見守ってるから。

でも、もしも形が見えなくなったら、

そのときはもう一度、自分を生きてください。


私を愛したように、誰かをまた愛し、
誰かの親になってください。


そして、おいてきた好きなことを
精一杯してください。


私、バイクに乗る貴方、見てみたかったんだ。


ありがとう。

幸太に幸せが降り注ぎますように」




僕は、繰り返しこのメッセージを読んだ。

鼻声になっていることをばれないように、
ぼくはバーテンダーにお代わりを頼み、
何度も何度も読んだ。



12時を過ぎ、終電に乗り、僕は家に着いた。

そしてもう一度メールを見ようと携帯を手にした時、

僕は弟に電話をかけた。

「おい、晃、明日、バイク借りるぞ。」

眠気声の弟は僕にびっくりしていた様子だった。


電話を切り、静まり返った部屋に僕の鼓動が鳴り響くようだった。

もう一度、僕は僕をスタートできるだろうか。
不安の中、僕は彼女に「ありがとう」とつぶやき眠りに付いた。


妊婦.jpg







タグ:感動 夫婦 妊婦
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