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優しい時間 [感動]







父が帰ってくる。

それは父を除く3人の家族に緊張をもたらせました。

家族の仲が悪いわけではないのですが、
父と過ごした記憶があまりにもないため、
父とどう接せればよいのか、戸惑いが私と私の兄に深く根づいていました。



兄は大学卒業後、順調に社会人として適応し、結婚、現在は郊外の一戸建てで暮らしています。
私は高校を卒業して地元の零細企業でOLとして働きながら実家で母と気ままな暮らしをしています。

母と娘の女二人、出来上がったリズムの中に父が帰ってくる。
私には緊張以外ありませんでした。

兄もまた、緊張していました。
父と私のぎこちなさは自分を介しても理解していましたし、
気ままで自由のある暮らしをしてきた母が父に振り回されはしないかと
心底心配をしていました。


父は絵に描いたような企業戦士のため、単身赴任で全国を飛び回っていたので、
私は物心付いたころには、父親という家族の人は家にいないものだ、
と信じて疑いませんでした。

父は、とても厳格で、ジョークの一つも言わないタイプの人です。
たまに家に帰ってきてもむすっとしたままで、
私と私の兄ともおろか、母とも話さず新聞を読んでいるかテレビを見ているかでした。

母に話しかけている姿もみたことなく、
会話はいつも母が語りかけ父がから返事をするだけでした。
母は会話をする度、言葉を選んでいるようで
それはまるで結婚という制度が子どもという存在で保たれていることを
証明しているようでした。

そのくせに会社関係の人から電話があると饒舌であったため、
父は私たちを嫌いなのでは、とさえ思ったこともありました。


私の中の父親とは、そうであることが普通だと思っていましたが、
休日、友達の家へ遊びにいくと
スエット姿でソファに寝そべっている「父親」がいることが世にいう「普通」なのだと知り
我が家がマイノリティだと気付きました。

友達の父親は皆、優しく、楽しくそして温かく見えました。


思春期を迎えた私は、そんな父の存在が疎ましくなりました。
普段から話をすることもないのに、
まとまった休みで家にいても勉強はどうなんだ?と聞かれるだけで、
私はまともに返答した覚えはありませんでした。


そんな父が帰ってくるのです、緊張は自然なことでした。


そして、そわそわしながら、私はその日を迎えました。

母は朝からいつもより大げさに掃除をしていました。

私は普段と同じように、どこかカフェにでも行こうかとしていると
今日ぐらいは家にいなさい、と母に諭され、
不本意ながら母の言葉に従いました。


昼を過ぎたころ、
玄関先にタクシーが止まる音がしました。


母は玄関先で父を迎えようと待ち構えており、
私はその居心地の悪さから、二階にある自分の部屋で携帯ゲームをしていました。


「おかえりなさい」


母の少しトーンの上った声が聞こえました。


さすがに、迎えないとだめだろう、と思い、
私は一階へ行きました。


「お帰り」

私は聞こえるか聞こえないかぐらいの声でぼそっとそう呟きました。

父は私の方をむき、
少し時間をかけてから「おう」

と一言だけ答え、冷蔵庫へ向かいました。
私もそのまま部屋に戻り、何もなかったかのように携帯ゲームの続きをしました。








その夜、
郊外から兄も戻り、父の退職を祝うささやかな家族だけの会を行いました。


特別なことは何もなかったのですが、
家族4人がそろうことなど、もうめったにないことなので、
母はとても嬉しそうでした。


口数の多くなった母に対し、父は相変わらず寡黙なままで、
私はこれからこの人と過ごすのか、と少し幼女のようなだだっこの気持ちになりました。


食事が終わり、
兄は帰宅し、また母と私としゃべらない父との空間が出来上がりました。


私はさっさとその空間から抜け出したかったため、
自分の部屋に戻りました。

知らない間に眠りについてしまった私は、深夜1時を回ったころに目が覚めました。
食事の際にアルコールを飲んだせいか、のどの渇きを覚えたのでキッチンへ向かいました。


階段を下りていると、珍しくリビングにテレビの灯りがついていました。

そこには父と母がソファにもたれ、
クラッシックな白黒の映画を見ている姿がありました。

テーブルには赤ワインと2つのグラス、
母は父に寄り添うように、そして父は母の肩に腕をまわし、
まるで20代の恋人同士のように映画を見ていました。

かたぶつで、母にも無愛想な父しか知らない私は、とても驚きました。
私は、その光景を気付かれないようにしばらく後ろから眺めていました。


それは古いフランスの映画のようでした。
そう言えば昔、
母が父とのファーストデートで映画館に行ったときの話を聞いたような気がします。
父は終始緊張していて、
話し方をわすれたのではないかと思ったほど無口だったけれど、
目が優しかったのでこの人は実直な人だと感じた、
と父の良さを聞いたときにそう母が照れながら話しをした記憶がありました。





「お前も見るか?」
唐突に父は画面を見ながら私に尋ねました。

父は私に気付いていたのです。
母はびっくりして父から離れましたが、父は体勢を変えようとはしませんでした。


「古い映画はみないのか?」


そう聞かれたので、あっけにとられながら、私は母の横に腰掛けました。

何も話さない時間がしばらく続きました。
三人のだれも、映画に意識はなく、
流れる白黒の映像を眺めていました。


何か、フルーツでも食べようか、
母はそう言い、キッチンへ向かいました。


ソファには父と私だけになりました。
気まずさに包まれましたが、私は映画を眺めてフルーツの到着を待ちました。


父はグラスを手にし、一口飲みました。
グラスをテーブルに戻しながら、ボソッと

「今まで母さんを守ってくれたんだな、 ありがとう」

と不器用な上ずった声で私に言いました。


慣れない言葉は、私と父自身をも照れさせました。

何も言えない私は画面から目をそらせませんでした。


母がイチゴを持ってキッチンから戻ってきました。

その時間はとても優しく流れているようでした。


食卓.jpg






タグ:家族 感動
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