最高のビール [感動]
黄金、ハーフ、黒。
ビールを頼む時はこの順番で頼みます。
一人で飲みに行く楽しみは、
自分をリセットできること。
現在は土曜日の午後3時、
私は一人、レストランバーのカウンターで飲んでいます。
土曜日の昼間だからか、意外に人がいます。
カウンター以外のテーブル席が3つ、1組のカップルがビールを楽しんでいます。
私のいるカウンターでは、
私意外に白髪の男性が一人、また、キャリーバッグを足元に置いたビジネスマンであろう男性が一人、
そして、私の3人がいます。
白髪の男性は、持ってきている何かの写真をしきりに店員に見せています。
常連客のようです。
もう一人のビジネスマン風の男性は、
文庫本を読みながら食事をしています。
私は、黙々とビールを飲んでいます。
今はハーフアンドハーフの2杯目。
次は黒ビールの番です。
自分が思っている程、他人は自分を見ていない、
といいますが、
もしも見ているとしたら、私は彼らにどのように映っているのでしょう…。
そんな事を考えます。
「女がこんな時間から飲むなんてはしたない」
「暇そうでいいじゃないか」
「これがあれか、リア充というやつか」
そんな風に思われているでしょうか。
この時間は、私にとって必要な時間なのです。
毎日この15時は、母がリハビリを受けている時間で、
私が一人になれる瞬間です。
母は半年ほど前から左半身が動きづらくなり、
かかりつけの医師は初め、加齢のせいであると診断をしました。
母は肝炎の治療もしていたため、
薬の弊害で筋力が落ちていたので、医師は加齢であることに疑いをもちませんでした。
しかし、日に日に状態は悪くなり、
ついには一人で歩行が難しくなりました。
おかしいと思った私は総合病院へ連れて行き、
脳の検査を行ったところ、無数の腫瘍が見つかりました。
肺がんからの転移で、がん細胞が脳に回ったのだというのです。
その日の内に入院をし、治療が始まりました。
あまりにも腫瘍の数が多いため、
通常の抗がん剤では太刀打ちできず、
脳全体に放射能を当てる治療が行われました。
効果は覿面でした。
驚くほどの回復を見せた母は、
歩くことはおろか起き上がることすらできなかった状態であったのに、
一人で階段を上り下りできるようになりました。
そして、入院から3カ月経ち、退院できました。
しかし全脳に放射能をあてたことで、
体の運動機能は回復したものの、覚えが悪くなりました。
物の名前が出てこなかったり、電気のつけ方が分からなくなったり、
と、一人で住まわすことができなくなりました。
私はすでに父を亡くしており、
一人っ子なので母の面倒は全面的に私が見ることにおのずとなりました。
仕事を辞め、昼間は母の面倒を、
そして水商売のお仕事に転職をしました。
なれない事だらけで、また、目が離せないという不安はストレスとなり
私は息ができなくなりそうでした。
そして、毎週土曜日の15時の1時間だけは、
自分の為に使おうと決め、今こうして飲んでいるのです。
不思議と1時間でも気持ちはリセットされます。
閉そく感と不安が募る病院で母のリハビリが終えるのを待つと、
先の見えなさで気が遠くなりますが、
自分の時間を少しでも持つと、笑顔で迎えに行くことができます。
アルコールの力もあるのかもわかりませんが。
カウンターにいる白髪の紳士は、ひょっとして写真を見せたくて来ているのではなく
孤独から解き放たれるために写真を利用しているのかもわかりません。
ビジネスマン風の男性は、
ひょっとして奥さんに浮気がばれて追い出されたのかもわかりません。
一人で飲む事情は、その人にしかわかりませんが、
一枚板の上で知らない者同士が食事をする場所というのは、
いつも居心地良く私を迎えてくれます。
デザートの黒ビールも飲み終えました。
笑顔で、母を迎えに行きます。
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