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海が見える公園にて [感動]

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洋平と奈美恵とは大学の歴史研究会で知り合った。洋平は理工学部、奈美恵は文学部、私は商学部と、それぞれ学部は違ったが、初対面の日から馬が合い、仲良くなった。常に行動をともにし、サークルを離れた後でも個人的につきあった。

「周一君は滑り止めでこの大学に来たんでしょ?しかも現役で。すごいと思う」

と奈美恵がアイスティーを飲みながら私を尊敬するようなまなざしで見た。
同年だが小柄で小顔なので年下に見え、まるで後輩を話しているような気になる。

「ほんとそうだ。俺なんて一浪だからな。おまけにここ第一希望だったし」

と洋平。
少々優越感に浸った。二人より一段高いところにいるような感慨にふけった。そして、奈美恵の女心を独り占めしているような気になった。三人だから、いずれかが奈美恵をものにしたら友人関係も終わるだろうななんて考えた。2プラス1の友人関係なんて聞いたことがない。

そんなことがあってから、奈美恵を愛するようになった。奈美恵も同じ気持ちだろうと勝手に考え、告白するタイミングを探していた。きっと相愛の仲になれるものと信じて疑わなかった。

だが、現実は私を打ちのめした。

クラスの知人(彼も歴史研究会にいたが、やめて落語研究会に移った)がいうには、洋平と奈美恵が二人でいるのを渋谷で見たというのだ。

「周一は歴研だから知っていると思うけど、あいつらアツアツだな」

言葉を返せなかった。
私は奈美恵と二人きりで行動したことはない。奈美恵に会うのは洋平に会うのと同じことだった。つまり何をするにしても三人一緒だったのだ。その暗黙の掟を破り、洋平と奈美恵は単独で行動したことになる。

強い嫉妬と屈辱心が生まれた。
奈美恵を思っていただけに、その気持ちは粘っこく膨らんだ。

−くそ・・・陰でこそこそしやがって−

こうなると三人のバランスは保てなくなる。
二人と行動をともにするなどとてもできなかった。
2プラス1の「1」は、洋平でなく私だったのだ。

私は二人から自然に離れた。
二人も、それがごく自然な流れであるかのような顔をした。
学食の食器返却口で顔を合わせても、二人は意識して私を見ないようにしていた。
つまり「無視」だ。
二人の恋愛を円滑に進めるためには、そうするしかないのだ。

嫉妬と屈辱はどんどん膨らんだ。
毎日つらかった。
そのしがらみから逃れ、自分を正常な状態に回復させる唯一の方法は、二人から完全に逃れることだった。
私は歴史研究会をやめた。

一枚の写真があった。

横浜の海が見える公園で撮った三人のスナップ写真だ。
中央の奈美恵をはさんで洋平と僕が並んで立っている。
背後にキンモクセイが立っていた。

「青春の記念だな」

などと洋平が顔に似合わないことをいっていたのを覚えている。
私はその写真を大事にしていた。
たまに取り出すと、奈美恵の顔をじっと見たものだ。

その奈美恵がゆがんで見えた。顔が溶けて、目と鼻がずれてグシャグシャになった。
私は涙を拭うと、自分の顔だけカッターナイフで切り取った。
でも二人だけそこにいるのがしゃくにさわり、二人の顔も切り取った。

顔のない被写体が三人。
とても不気味な写真だった。


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何か夢中になるものが欲しくなり、公認会計士試験にチャレンジしようと思ったのは二年生の夏だった。商学部ということもあり、普段の勉強がそのまま役に立つ。司法試験につぐ難関といわれている試験でもあり合格は至難だが、目的は合格だけではない。無心になり、頭の中の雑念を取り払いたい一心だった。そのためにも道のりは厳しい方がいい。
専門の受験予備校にも通い、猛勉強を始めた。

ところで落研の友人が仕入れた情報によると、洋平と奈美恵が学生結婚しようとしているらしい。
だが双方の親が反対で、話が頓挫しているらしい。
彼の話では、二人とも最近大学に来ていないとか。

「どこでなにやってんだ、あいつら」

彼は二人に関心があるようだ。

確かに関心のわく話だが、私は必死に無視した。
気にしたらきりがないし、勉強に支障が出る。
やつらの夢が学生結婚ならば、私の夢は会計士だ。

そして大学4年の秋、見事公認会計士二次試験に合格した。
在学中にこの試験に合格するのは快挙といっていい。
受験仲間も、指導してくれた先生も面食らった。
私は入学して初めて幸福を得た気がした。

そんなとき悲劇が起きた。

洋平と奈美恵が死んだのだ。

心中だと噂する者もいたが、自動車事故だった。
飲酒運転で反対車線に暴走してきた車と、二人が乗ったレンタカーが正面衝突したのだ。
即死だった。

未婚の二人であるから葬儀は両家別々に行われ、
二人が一緒に葬られることはなかった。

私は表向きは粛然としていたが、内心軽薄だった。
天罰が下ったのだと思った。

私は勝ち誇った気分で大学を卒業し、若い会計士補として大手の監査法人に就職した。

それから15年が経過した。
監査法人の中でも比較的高い位置にいて、多忙をきわめる会計士になっていた。たまに監査法人から離れ単独で仕事を引き受けることもあり、独立は時間の問題だと思う。
30歳で結婚し、子供は二人いる。
順風満帆とはこのことかもしれない。

たまに洋平と奈美恵のことが脳裏によみがえることがある。
最初のうちは思い出したくもない記憶に過ぎなかったが、時間とともに冷静な目で彼らに向き合えるようになっていった。
彼らに対する気持ちが徐々に丸みを帯びてきたのだった。

人間、年とともに変わるんだろうか、と思う。
就職し人と仕事にもまれ、結婚し、子供をもうけ、一家の大黒柱として日々努力してきた日々。人間として成長したのかもしれない。

それからさらに月日がたったある日、昔切り離した三人の顔写真が見つかった。本棚の古い本を整理していたら「経営学辞典」の中から出てきたのだ。

最初何かと思った。
その三枚の異様な写真のゆえんを思い出すまで少々時間がかかった。

あれからどのくらい時間がたったのだろう。
三人とも若かったな。
色あせたその写真を眺めるうちに、あることを思いついた。

−このあたりだったかな−

キンモクセイはだいぶ大きくなった気がする。
海が見える公園の、三人が並んで写真を写した場所だ。
遠い水平線を、白い船がゆっくりと進んでいた。
水の面がきらきらして、静かだった。

持参したミニサイズの園芸用スコップで木の根本に目立たない穴を掘った。

そしてその穴に、洋平と奈美恵の写真二枚を葬った。

「結婚おめでとう。友人として嬉しいよ」
「お前にそういってもらえると嬉しいな」
「ねえ、披露宴には必ず来てね!共通の親友としてスピーチしてもらうからね!」
 と上目遣いに見る奈美恵。
「まかせとけ。ばしっと決めてやる」

そんな明るい会話が海の方から風に乗って聞こえてきた。
穴を埋め、公園を後にした。

−気が向いたら墓参りにきてやるよ−

秋の日差しがまろやかだった。
青春が終わったと私は思った。


キンモクセイ.jpg


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