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恋 [感動]

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男女が結ばれるまでには様々な過程があると思います。
それはおそらく、男女の数ほどあるのではないでしょうか。
男女の数ほど出会いがあり、結実にいたる道のりがあり、そしてまた別れもあると思います。

私も35歳になるまで、いろんな女性との出会いを経験しましたが、加奈子との出会いほど強烈なものはありませんでした。
それは目と目が合った瞬間に起きました。
言葉は何ひとつ必要ない、運命的な出会いだったと確信しています。

私はデータ通信サービスを行う企業の品質管理部門に在籍していました。職場は品川にありました。JR品川駅を降りてインターシティを通り抜けると、数ある品川のオフィスビルの中でも一番背の高いビルが見えてきます。その12階に私の職場がありました。

組織再編でそれまで三鷹にあった企画部門が品川に移転してきたのは4月のことです。がらんとしていた空き机に数十人の社員が埋まり、職場はにわかに活気を帯びました。

私の席の隣の島に、企画一課が陣取りました。
女性が多い課で、そのあたり一帯が一気に華やいだのを覚えています。
 
その中に浦田加奈子という初対面の女性がいました。
背がすらっとして、清楚な感じです。
物静かで、知的な感じもします。

その女性とは何度か目が合いました。

一度視線が合ったとき、何となく感じるものがあり、それが何を意味するのか確かめるために、そばを通り過ぎる度に視線を合わせるようになりました。異性と目が合うのは珍しいことではないのですが、多くは単に目が合っただけで終わります。でも彼女の場合違いました。

胸がときめくのです。
目が合ったときの、心への響き方が尋常ではないのです。
じんと、体全体に電気が走るような感覚。
あるいは体の一部が溶けそうな感覚。
目が合っただけで、強烈な衝撃を受けたのです。

この年になってバカかと思いましたが、それは事実でした。加奈子も私と目が合うと面映ゆそうに下を向き、髪をすいたりします。明らかに私を異性として意識し、動揺していることの証でした。
彼女の心と体にも、同じことが起きていると確信しました。

私は加奈子に恋をしました。
それははっきりと自覚できました。

とはいえ、エレベーター等で二人きりになったときなど、加奈子はそっけない顔をしました。目を合わせるどころか、スマホを操作してみたり、手に持っている仕事の資料をめくってみたり、私とコミュニケーションをとろうとしないのです。
畑が違うので仕事上の接点はなく、よって会話する機会もなく、お互い言葉を交わすとしたらそういう時でないと無理なのですが、彼女は私が言葉をかける機会をはばむのです。
そんなとき私は

「ああ、やっぱり僕の思いこみか」

と落ち込みます。

でも次の日、その穴埋めをするかのように、彼女は私に視線を送ってくるのでした。少し離れたところから、私を見ているのです。
私もその視線に気づき、胸をときめかせます。

「ああ、やっぱり彼女は僕のことを思ってるんだ」

と嬉しくなるのです。

せっかく芽生えたこの恋を育てなければならないと思いました。
35歳まで独身でいて、もう半ばあきらめていた矢先のこの恋。
できれば失いたくない。
彼女の左手の薬指を見ると、指輪はありません。
雰囲気にも生活感がなく、99%独身と思われます。
この恋を成就したい。

でもきっかけがなかなかつかめまんせんでした。
多少の面識があれば、仕事の接点がなくても話しかけやすいものですが、お互いを結ぶものが何もないので、話しかけられないのです。
35歳になって、こんな胸キュンの目に遭うとは思ってもいませんでした。
彼女はどう思っているんだろうか。
私に話しかけられたいと思っているんだろうか。
悶々とした日々が続きました。

そんなある日、私に異動の命令が下ったのです。
大阪事業所が新製品プロジェクトを立ち上げたのですが、品質管理部門が脆弱なので、軌道にのるまで支援してほしいと言われたのです。
長くても一年で戻すから大阪に行ってくれと。


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東京を離れるのは大したことではないですが、彼女と別れるのが辛かったです。会わない時間が長くなればなるほど心の距離が開いてしまい、気持ちも色あせていくに違いありません。
せっかく咲いた春の花は、そのうち萎れて枯れてしまうでしょう。

でも会社の指示ですから仕方ありません。
従うしかありませんでした。

出発の前の日、思い切って彼女に声をかけました。

「あの、私明日から一年間大阪に行きます。私の机、不在中は企画一課の人で使ってもかまいませんよ」

別に言う必要のない言葉でした。
でも自分がいなくなることを知っておいてほしかったし、分かれる前に一度でいいから会話しておきたかったのです。

彼女、冷静な顔で

「そうなんですか?・・・わかりました」

と言いました。
そっけない言い方でしたが、瞳が潤んでいました。

大阪に移れば彼女のことを忘れるだろうと思いました。
でも甘かったです。
思いはどんどん膨らみました。
業務上の用事が何もなく、気軽に近況を伝えるような仲でもないのでメールも送れず、私は加奈子の記憶だけを心の支えに生活していました。

大阪の町で彼女に似た女性を見かけたら胸をときめかせ、
深いため息をついたものです。

思い続ける一方で、悲しい妄想も浮かぶようになりました。

「彼女はもう、僕のことを忘れているかもしれないな」
「新しい彼氏ができたかもしれない」
「いや、もともと彼氏持ちなんだ。私のことなんて最初っから何とも思っていなかったのさ」

でも、視線が合ったときの幸福な感覚も思い出すのです。

「彼女だって同じ思いだったはずだ」

そうやって一年が過ぎました。
彼女のことを自分本位に想いめぐらせながら一喜一憂する日々でした。

東京に戻ると、席の配置は変わっていましたが、企画一課はすぐそばにありました。

一年ぶりに彼女と目が合いました。
一年前とほとんど変わらないときめきがきました。

私は告白を決意しました。
一年たっても変わらない思い。これはもう告白しかない。

「好きです」

ある日給湯室に呼び出して、そう告げました。
天と地がひっくり返るような緊張の中、その言葉を心の中から絞り出したのです。そして気持ちが高ぶり、自分でも意外な言葉が出てきました。

「結婚してください」

彼女は目をしばたたかせながらうつむき加減になり、しきりに髪をいじりました。そして

「はい」

と答えたのでした。

初対面から会話がなく、大阪に出かける前に一言声をかけただけ。
それから一年間の時を経て給湯室でプロポーズしてOK。

こんなことありですか?

ありなのです。

それから3ヶ月ほど交際し、結婚しました。
意外な組み合わせだと、職場の連中が目を丸くしました。
何をきっかけにつきあいだしたんだと・・・。

何がきっかけって。
目が合っただけです。
本当にそれだけのことなんです。

交際するようになって、ゆっくり彼女の気持ちを聞きました。

私と全く同じ気持ちだったようです。

私が大阪に行っていた一年間、
一瞬も私のことを忘れたことはなかったそうです。

「私のことをどう思っているんだろうかって、そのことばっかり考えてた。
机使っていいよって、どういう意味だろうかとか。彼女いるのかな、とか、
大阪で彼女作るかもしれないな、とか」(恥笑)

・・・・・。

『せつなる恋の心は尊きこと神のごとし 』
(樋口一葉)


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タグ:結婚 会社 感動
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